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吉澤先生に教卓の前まで呼ばれる。俺は素直に指示に従い、まだ騒がしい教室の中、吉澤先生のもとへ駆け寄った。
「お、来たか。鷹野、橋村。」
吉澤先生は俺と橋村という生徒を視認する。それから俺と橋村に話しかけた。
「鷹野はバスケ部だったんだが、この状態で部活できないからな。悪いが、顧問に相談して今日の部活をなくしてきたぞ。橋村は今日の部活がないんだな?」
「はい。今日はないっす。」
俺はバスケ部だったのか。今日はない、ってことは明日あたりから行かなければならないのだろうか? ちなみに、橋村はどの部活なのだろう。後で聞いてみようかな。
「とりあえず、鷹野がここに馴染めるように学園中を案内してやってくれ、橋村。」
吉澤先生がそう言うと、橋村は少し困ったような顔で問いかけた。
「先生。そうは言っても、何をすれば良いんですか?」
確かに、それはごもっともな意見である。
「へ? あ、うーん。そうだな。鷹野が学園で不自由なく暮らせるようなことを教えてやってくれ。」
「この一回で、ですか!? それは無理ですってば!」
吉澤先生はその言葉を聞いて深く考える。それからニッコリと微笑んだ。
「仕方ないじゃん?」
「はい?」
「仕方ないって。ほらほら、文句を言う男は嫌われるぜ~、何も考えずに雑談しながら散歩すれば良いだけなんだからさ! な?」
橋村は何となく頷くけれど、心のどこかでは納得していないのか、少しばかり首を傾げている。吉澤先生も説得が下手なことだ。
吉澤先生はふっと鼻で笑うと、ポンと俺らの背を押す。橋村は小さく深呼吸すると、たどたどしく言った。
「い、行ってきます。」
橋村はどうやら緊張しているらしい。自分から立候補したのに恥ずかしいのだろうか。もしかして、今世の俺とは不仲だったとか?
橋村はチラリと俺に目配せした。それを合図と受け取り、俺は橋村と共に教室から出て行く。
色々と引っかかることはあるものの、これから広い学園内を探索するのが楽しみではあったため、まぁ良いかと思ってしまった。
とにかく俺達は、吉澤先生やクラスメート達に見送られながらも教室から出たのだ。他のクラスはすでに終礼が終わっているのか、ガヤガヤと騒がしい様子である。俺は橋村に話しかけようとした。
「橋村──」
「シッ、静かに。」
しかし橋村に遮られてしまう。それどころか静かにするよう促した。俺は訳も分からずに従う。それから橋村は小声で俺に指示した。
「俺が良いって言うまで、静かにしといて。」
「どうして?」
「後で教える。」
橋村は先ほどの優柔不断な様子とは異なっており、決断力がある強気な青年のようである。目は鋭く、なにやら賢そうな雰囲気をまとっている。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
逆らっても良いことはなさそうなので、素直に橋村の言うとおりにした。
橋村はスタスタと騒がしい廊下を早足で歩いていく。俺は一歩後ろからただただ追いかけた。
階段を2段ほど登った時である。掃除があまりされていない階段を登りながら、俺は不思議に思った。橋村はどこへ案内しようとしているのだろうか。
それから鉄でできた頑丈な扉が見えて、はっとした。もしかして、ここは屋上なのだろうか。
橋村はためらいなくそこへ行くと、ガチャリと扉を開けた。手慣れているのか、とても自然な様子である。俺は今まで学校の屋上に入ったことがないものだから、とても新鮮だ。セレブな私立校は屋上を自由に使っても良いということなのか。
俺の予想は当たり、そこは本当に屋上であった。広々とした空間に、清々しいほど美しい空気。それから、真っ青の空。今日は快晴のようで、雲一つなかった。
コンクリートを踏みながら、橋村は影になっている壁際をゆっくり歩いた。俺は久しぶりに外へ出たような気がして、この壮大な場に圧倒されていた。
屋上って良い場所だな。
俺がぼんやりしていると、ふと橋村は足を止めた。俺は驚いてその場に止める。
「ふぅ~危なかった~」
橋村はほっと一息つくと振り向いた。少し子供っぽい印象のこのイケメンは、どうやら八重歯があるらしい。たまにチラリと見える。
「危なかった、って?」
俺が聞くと、橋村はぐるりと辺りを見渡してから教えてくれた。
「この学校で目立つと、めちゃくちゃ噂されるんだよなぁ。」
橋村は呟くように言う。俺は尋ねた。
「噂?」
「そうそう。鷹野はマジで交友関係広いから、すぐわかっちゃうんだよ。」
明るく笑い飛ばした橋村は、それから色々なことを教えてくれた。
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