第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

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 屋上にて、俺は橋村から色々と教わった。 「鷹野。俺のこと何も知らないと思うんで、もう一度自己紹介しとくな。」  それを聞いてギクリとする。確かに聞いていなかったけれど、それを自ら言えるだなんて。 「俺は 橋村(はしむら) 裕一(ゆういち)。目立たないよう、ひっそりと生きてる高校生だ。」  そう言って橋村はウインクする。待て待て、どういうことだ。教室にいた時と明らかに人格が違うぞ。それに、目立たないよう生きていたってどういう意味だ? 「あー、橋村…その。」  質問しようかと思ったが、やめることにした。いきなり、お前には深い悩み事があるのか、と聞けなかったからだ。俺は初対面の人間の深いところまで知りたいわけではない。ただ仲良くなれるだけで良いのだ。  青春真っ只中のこの時期に、ひっそりと生きるには何か理由があるのだろう。俺はカウンセラーではないのだから、万が一橋村が重い鬱を抱えていたりした場合には、何も対処ができない。  などと考えていると橋村はヘラヘラと笑った。 「どうしたんだ? 俺は、まったり腐男子生活を楽しみたいだけだよ♪」  橋村は八重歯を見えながら明るく言った。え、腐男子、だって?  俺は腐男子という言葉に聞き覚えがあった。かつて俺の大学の友人から教わったのである。確か、ボーイズラブを嗜む人のことを腐女子や腐男子と呼ぶ、と教えてくれたはずだ。  と言うことは、つまり。橋村はボーイズラブが好きだということだろうか。この世界ではボーイズラブ以前に、ほぼ全てがボーイズラブだろうけど。  どうして未だに腐男子という言葉がこの世界にあるんだ? 不思議で仕方ない。 「鷹野~難しく考える必要はないって! 腐男子っていうのがどういう意味かわからないんでしょ? ちゃんと教えてやるから!」  そこが気になっていたわけではないけど、まぁ説明は本人から聞いた方が良いだろう。 「腐男子っていうのは、他人が恋愛しているのを見て楽しむ人のことを言うぜ。自分が恋愛したいとは思わないんだけど、壁になって相手を祝福したいって思ってしまうんだよなぁ! って考えているのが腐男子。わかったか?」  橋村は聞き取れないほど早口で話し始めた。 「大昔は、腐男子は男と男の恋愛を見るのが好き、っていう意味があったんだけどな。今は男しかいないから、むしろ男女の恋愛はアブノーマルなんだよ。いやぁ、この時代に生まれてマジ感謝だわ! 図書館にある恋愛マンガも全部BLだし! 雑誌も何もかもBLしかない! 最高! マジ最高!!」  そこまで言い切ると、明るく大きな声で笑い飛ばした。少し違った意味になっているものの、男しかいない世界でも腐男子っていう言葉が存在し続けているだなんて、歴史を感じる。そんなにたいしたことではないけど。 「俺はカップルを見つけ出す天才でもあるぜ。怪しげな関係の人物を簡単に探し出せるんだ。凄いだろ? でも俺が誰かと結ばれたらさ、人の恋愛に首を突っ込むことは難しくなるじゃん。だから俺は恋愛相談役をわざと買ってるんだよ。」  えっと、ということは、その。橋村は他人が恋愛しているのを見るのが好きで、そのためならば自分は人と恋愛しないということだろうか。  しかしそうだとして、何故そんなことを俺に言ってくるんだ? 「橋村、俺は恋愛相談がないぞ。」  きっぱりと言うと橋村は笑った。 「あはは。俺が鷹野に教えたいのは、恋愛相談の逆だよ。」 「逆って?」  橋村はニヤリと笑った。 「この学園にはいくつもの危険人物がいるんだ。それで、その人達は鷹野を狙う可能性がある。鷹野がその人達と親密になりたいなら応援するけど、なりたくないなら俺が縁を切れるように手助けしてやるよ。」 「何が言いたい?」 「つまり、鷹野を変態男達から守ってやるってことだ。俺の予想だけれど、鷹野は恋人を欲していないだろ?」  …その通りだ。今の俺は前世の俺であり、女性と恋人になるのが一般的であった。そして俺自身も女性と恋人になりたいと本能的に願っている。  しかし、この世界で女性と恋人になるなど笑止千万。むしろ男と恋人になるのが一般的な世の中で、俺の願望が叶うはずがない。それはもう良い。俺も頑張って諦めようとしている。  けれども、どうしても男に掘られることだけは嫌だ。あの時の変態男との件もあるが、それ以前に男としてのプライドというものがある。男に容易に気を持たれ、簡単に尻を出したくない。それに今世の俺はビッチだったという。俺を未だにビッチだと思い込んでいる人もいるだろうし、簡単にリスクを冒したくない。 「そうだとして…橋村に何ができるんだ?」  純粋な質問だった。 「んー、助言ができるよ。近寄ったら鷹野を犯そうとする奴を教えてやることができる。だって俺は腐男子なんだもん、性欲旺盛な人を見分けるのは簡単だ。」  うーん、理屈がよくわからない。 「とりあえず! 俺は鷹野にとって無害だということを知ってくれたら、それで良いからさ! そこだけは覚えといて!」  橋村はニコッと笑った。確かに、橋村は俺の警戒心を解こうとかなり必死な様子である。  それに、橋村は俺が望むことを教えてくれるという。それだけでもありがたいのだ。こんな機会を逃すわけにはいかないだろう。俺が頷くと、橋村は穏やかに微笑んだ。 「それはそうと、橋村はどうして俺が人を避けているとわかったんだ?」  正確に言えば、男に掘られるのを避けている、なんだけど。まぁ人を避けていると言っても良いだろう。 「えー、ただの勘だよ。腐男子として日々特訓してきた、俺の勘!」  橋村は声を出して笑った。そんな無邪気な姿を見て、俺もふっと笑ってしまった。橋村は本当に良い奴であると、俺も何となく理解してきたのだ。  場が落ち着いてきた頃、橋村は本題に入るようにして、少しだけ真面目な声で話し始めた。 「じゃあ早速、この学園の危険人物について話すぜ。」  俺はゴクリと唾を飲み込み、俺の尻を守るために神経に話を聞くのだった。
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