第二話 俺は不真面目な生徒らしい。

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 なんだかんだあったものの、二限が終わった。授業はとても難しいが、必死になって授業を聞くため時間を忘れてしまう。それはかなり良いことなのだが、一つ難点なのは、あまりに没頭するため疲労感が半端ないということだ。  次の科目は何だろうと時間割表を確認する。どうやら三限目は体育らしい。  体育か。それなら体操服に着替える必要があるだろう。そういえば吉澤先生に、どこで着替えるのか教えてもらったような気がする。しかし思い出せずにいた。  そうしてもやもやとした気持ちを抱いている中、ふいに燐がこちらに駆け寄ってくる。 「隼斗ちゃん、体操服を持ってきたかしら?」 「うん。」  俺が返答すると、燐は手取り足取り説明してくれた。 「そう! じゃあ今から更衣室に行きましょ。今日は第一グラウンドでの体育だから、早めに着替えるわよ。」  思い出した。確か、更衣室で着替えてから昇降口に向かえば良いんだよな? とにかく燐について行けば間違いないだろう。  指示されて軽く頷くと、歩き始めた燐に素直についていく。その途中に、あらかじめ鞄から出していた体操服を詰めた袋を、良いタイミングで持ち上げた。  燐は教室から出るとトイレがある方向へ歩き始める。あぁ、そうだった。この学校には各階のトイレの隣に各学年の更衣室があるんだったな。入ったことはないが存在は前から認知していた。  俺が前世で学生だった時は、教室で着替えていたような気がする。それと比べると、どれほどこの学園がリッチなのかが分かるだろう。  ため息が出そうなほど素晴らしい学校だと満足感を得る一方、俺の前世の学校にみすぼらしさを覚え、なんとなく惨めな気分になってくる。  まぁ良い。とりあえず、早く着替えて体育の用意をしよう。と、考えていた時だった。 「燐?」  更衣室に入ろうとした時、突如として燐が立ち止まったのである。何かあったのかと思い、その真剣な横顔を見る。しかし、燐はその場に立ち尽くすのみで、これといった反応はなかった。  何か思うことがあるのだろうと考え、燐をそっとしておこうと、俺は更衣室に入ろうとする。すると突然、燐に腕を勢い良く掴まれた。 「隼斗ちゃん、あのね、言いにくいんだけど。」  いきなり触られたことに驚いたものの、燐の真面目で心配そうな顔を見ると、驚きすら吹っ飛んだ。燐は重大なことを告げる目をして、ちらちらと俺の顔を覗いていた。 「どうした?」  尋ねると、ようやく意を決したのだろう、燐は重たいながらも口を動かしてくれた。  しかし──次に言われた言葉を聞いて、驚くことは不可能であった。 「薔薇染学園において、更衣室っていうのは、アタシ達生徒にとって性行為の場なの。」 「は?」  思わず声が出てしまった。俺が納得していない様子を見て察した燐は、さらに説明を付け加える。 「アタシもどうしてこの文化ができたのか分からないのよ。でも、今も中でヤってる生徒がいるのは事実でしょうね。」  燐の話を聞いて呆れ、同時に驚愕した。そんなに卑劣な更衣室が存在していいものかと困惑する。いいや、存在してはいけないだろう。男子校だとか、そういうのが問題なのではない。ただ単純に、そんなことを公の場でする奴は全員取り締まるべきだ。  俺がよほど険しい顔をしていたのだろう。燐は俺の表情を見ると、クスリと微笑んだ。 「まぁ、見て見ぬ振りをすれば良いのよ。けれど前の隼斗ちゃんはこういう事に積極的だったから、変な人に絡まれちゃうかも。」 「それは困る…」 「安心して。何かあったら、アタシが隼斗ちゃんを守ってあげるじゃない!」  燐は力強い口調で告げると、明るく輝かしい笑顔を顔に浮かばせた。その眩しさが、燐が俺を心配している事実を強調させている。確かに燐になら任せても良い、と思えるほどに。 「わかった。ありがとう」  礼を告げると、ニコッと燐は微笑んだ。  それから互いに意を決すると、おそるおそる更衣室を覗く。まさか更衣室が性行為の場だなんて想像もできなかったが、燐といれば以前の変態男のような人に絡まれにくいはず。という頼りない自信と共に、燐の案内を受けながら更衣室へ入ったのである。  そして扉を閉め、ロッカールームへ向かう。そこで目に入ったのは──。  …表現したくもない世界だった。真面目に着替えている生徒がいる一方で、重なり合う男子生徒が3組もいる。シている生徒は計6人ということだが、忌々しいことに、その誰もが恍惚とした顔で周りを知らん振りしているのだ。  あまりに異常すぎる光景に、俺はただ呆然と立ちすくむしかなかった。 「隼斗ちゃん。怪しまれないためにも、アレを見ないようにして早く着替えましょ。」  ふと燐が俺に耳打ちをする。とりあえず俺は燐のことを信頼しているため従うことにした。『鷹野 隼斗』と書かれたネームプレートのあるロッカー前まで行き、ロッカーを開けつつ着替え始める。…後方で肉と肉がぶつかり合う獣のような音が響いているが、聞こえていないことにした。  早くこの野蛮な更衣室から出なければという一心で、とにかく急いで着替える。案外すぐに体操服に着替えることができ、空の簡素な俺のロッカーに制服などを入れる。燐も着替えを終えたようで、俺を待つようにして立っていた。俺が出口の方へ歩くと、それを見た燐は無言のまま俺について来る。そうして足早に更衣室から去ろうとした、その時だった。  「よぉ~隼斗~」  突然背後から声が聞こえたのである。驚いて振り向くと、そこには全裸の男子生徒が堂々と立っていた。 「うおっ!?」  思わず声が出る。その男子生徒は当然のことながらイケメンで、誇らしげな素晴らしい筋肉がある。しかしその長所を全て壊すように、彼は恥を捨てて素っ裸になっているのだ。  俺が苦虫を踏み潰したような顔を見た男子生徒は、これを待っていたと言わんばかりにニヤリと不吉に笑う。 「一回ヤろうぜ? 隼斗なら、授業に遅れても体が汚れても問題ないだろ?」  男子生徒の無茶苦茶な意見に眉をひそめる。公の場でそのような汚い行為をするわけないだろ。ふざけているのか? いや、今世の俺も簡単に頷くような奴だったから、この男子生徒も調子に乗っているのかもな…。 「俺に構うな、授業に遅れる。」  そう言うと男子生徒は驚いた顔で俺を見やった。おそらく、今世の俺はこのようなことを言わなかったのだろう。それでも俺は、たとえ怪しまれたとしても、こんな人と性行為だけはやりたくない。まぁ、記憶喪失を理由に厳しい言葉を言っても大丈夫だろう。  男子生徒はポカンとしていたため、もう用事が終わったものだと見なし、俺は再び燐のいる出口へと向かった。あのような変態第二号からは今すぐ逃げるべきだし、そもそも俺が関わりたくないのだ。  しかしその行動が裏目に出たのだろうか。男子生徒は突然俺の腕を強引に引っ張ると、力ずくで俺を引き寄せた。 「!? お前──っ」  放せ、と言おうとした時だ。鈍い快楽の電流が下半身に流れたのである。
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