第一話 ここはどこ?

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第一話 ここはどこ?

 目が覚めた。俺は重い腰を起こして、辺りをぐるりと見渡す。  ──せめて夢だったら良かったのに。現実は非情だ。俺がいた場所は、昨日俺が変態男に犯されていた部屋だった。  俺は裸のままベッドの上に座っている。白くて清潔感のある、6畳ほどの部屋だ。そこにはベッドが二つある。俺が座っているベッドと、誰もいないベッドだ。タンスも二つずつあった。そして俺のベッドの横には、真っ黒のセンスの良い鞄が置いてある。部屋には一つだけカーテン付きの窓があって、そこから淡い日の光が漏れていた。  幻想的な空間ではあるけれど…ここ、どこなのだろう。とりあえず、頭の整理をしてみることにする。  俺の名前は 鷹野(たかの) 隼斗(はやと)。普通の大学生で、普通の人生を送ってきた。両親に恵まれ、周りの人間関係も良かった。もうすぐ高校生になる可愛らしい弟もいた。  その日もいつも通りに過ごしていたつもりだった。朝起きて、大学へ行って、家に帰って、寝たのだ。何もない、普通の日だった。  それなのに、ふと目を覚ますと俺は見たことがない部屋にいたのである。そこで俺は、あの変態男に犯されていて──はぁ、思い出したくない。  今はどうやら朝のようである。俺は裸ではあるが、布団をかぶって寝ていたらしい。変態男のせめてもの気遣いなのだろうか。  とにかく今は何もしたくない。何も見たくない。弟の裏切りもあって、うんざりだ。  俺はもう一度布団の中に潜り込み、二度寝することにした。  …。声が聞こえる。 「──ろ。鷹野、──」  渋くて太い声だ。それが俺を呼んでいる。 「──きろ、早く──ろ。」  はっと俺は目を覚ました。 「さっさと起きろぉ! 鷹野!!」 「うわあっ!」  誰かにバッと布団を軽くめくられた。俺は驚いてその人物の方を見る。だ、誰だ? 「登校もせず寝ているとは…良い度胸だな。また誰かとエッチしていたのか? 盛んなのは良いが、学校には来いよ。」  目の前の男は不気味に微笑んだ。俺はその顔を見て冷や汗をかく。  男は髪を白っぽく染めており、軽く化粧をした目元が目立つ。たくさんのアクセサリーを身につけており、服は白と黒がベースのスーツを着崩している。まるでホストみたいな男だった。 「えっと…どちら様?」  とりあえず誰かを特定するべきだろう。俺がおそるおそる尋ねてみると、男は呆気に取られた。 「ふざけるのも大概にしろ。ほら、さっさと着替えろっての。」  男に催促される。けれども俺は状況を理解できずにいた。それでも男は俺を急かす。  俺が本当によくわかっていないことに気が付くと、さすがに男は観念してくれた。 「なんだぁ…記憶喪失か? そういえば、他クラスでも記憶喪失者が出たとか言っていたな。お前、自分の名前覚えているか?」  なんだよコイツ。まるで俺のことを知っているみたいな話し方しやがって。俺はお前のことなんて一つも知らないぞ。 「鷹野 隼斗…ですけど。」  俺はできるだけ無愛想に言ってみせた。するとさすがに男は催促しなくなった。その代わり、顔をみるみる青ざめていく。 「お、おぉ…これは色々な意味でヤバいことになってるな。」  ヤバいこと、って何だ。はっきりしろ。  ホスト風の男はたじろぎながらも、まっすぐ俺のことを見ている。それが何だかもやもやして、うざったい。 「鷹野、この部屋は何か知ってるか?」  さっきまで不真面目だった男が突然真面目に聞いてくるものだから、反抗していた俺も少しまごついてしまう。この状態で逆ギレしても何も解決しないと思い、俺は素直に答えた。 「…病院?」  絶対に違うとは思っていたが、そう言うしかない。真っ白の壁に木造の天井、シンプルなベッドにシンプルなタンス。そして簡素な窓とカーテン。  ここにいると、かつて大怪我をして入院していた時を思い出してしまうのだ。  対して俺の返答を聞いた男はというと、度肝を抜かれているようだった。ポカーンと俺の目をただただ見ている。 「ま、マジかよ。名前だけ覚えたまま記憶喪失とか、色々とヤバいぞ。」  だから、記憶喪失じゃないってば! 「俺、ちゃんと記憶ありますよ。」  俺がムスッとした顔で言ってみせると、目の前の男はさらに驚く。 「はぁ? 何だそれ。あっ、わかった。幼少期しか覚えていないパターンだな?」  だから、記憶喪失に持って行くんじゃねぇ! 「俺、生まれてから20年間の記憶がしっかりありますよ。」 「に、20!? 高校二年生だろ、お前!」  さすがに腹が立ったので、俺は男をキッと睨みつけた。すると男は怯んで、失礼なことは言わなくなった。 「ま…まぁ良いか。とりあえず服着ろ。」  さっきから上から目線なのが気にくわないが、服は着るべきなのは確かだ。素っ裸のまま人と話すのは嫌だし。まぁ、さっきから布団で股間は隠れていたし、上半身しか見られていないので良しとする。  俺は周りをキョロキョロと見渡す。が、服が見つからない。きっとタンスの中にでもあるのだろう。しかし服がタンスにあると推測できても、俺はベッドから降りられなかった。  理由は簡単である。俺が裸だからだ。 「…えっと、あの。本当に申し訳ないんですけど、お願いしてもいいですか?」  布団を腰にくくりつけながらタンスまで行くだなんてどうかしているし、枕で隠したとしても気味が悪いだろう。あまり多くの人に大切な股間を見られたくないのだ。 「おう、言ってみろ。」  意外なことに男が了承してくれたので、意を決して言うことにする。 「お、俺は今全裸なので、服を代わりに取ってくださいませんか。」 「…」  男は大きなため息をはくと、渋々といった感じで立ち上がった。 「タンスにあるのか?」  男は俺の返事すら待たずに、比較的俺に近い方のタンスまで行く。それからバンと勢いよく開けると、がさごそと漁り始めた。 「んーーあ、これか? 鷹野、パンツは赤色と黒色、どっちが良い?」 「なっ! どっちでも良いに決まってる!」  普通、パンツはそっと相手に渡すものだろう。変なことを聞くな、デリカシーがない人だな。それに人の私物を漁る手つきも雑だ。確かに俺がお願いした立場ではあるが、さすがに無礼すぎないか。 「はいよ。」  男はタンスから服をかき集めると、バサッと布団の上に置いた。その中から黒色のパンツと白色のシャツだけ引っこ抜き、着る。パンツの方は布団で隠しながら履いた。  とりあえず、人に見られてもそれなりに大丈夫な格好になったので、俺は布団から出る。それから男が持ってきた服を見た。  それは、とても高価そうで趣味の良い制服だった。白色のYシャツに、深い青色のブレザー。それから鼠色のチェック柄のズボン。まさに王道な学生服、といったところだろうか。  俺はもう大学生なんだけど…と思っていた時、ふいに男が言っていたことを思い出した。俺が20才と言うと、お前は高校二年生だと言われたことを。  もしかして、今の俺は男が言ったとおり高校二年生なのだろうか? いや、それはありえないだろう。だって、俺がもし高校二年生ならば、今までの20年間の記憶が証明できないじゃないか。  とりあえずこの制服を着ることにする。他にあてがあるわけでもないし。俺は男が差し出した服を真面目に着た。  久しぶりに学生服というものを着たような気がする。俺は服を着るとベッドから降りた。その時、男から鞄を渡される。あ、これは、俺が寝ていたベッドの隣にあったものだ。 「とりあえず部屋から出るぞ。お前はここを覚えていないみたいだから、簡単に施設紹介でもしてやる。」 「俺は別に記憶喪失なんか──」 「あーーわかった、わかった! 俺が悪かったよ。」  男は面倒そうに言うと、俺を無視して扉の方へ行った。俺は一人ではどうすることもできないとわかっているので、ムカつくけど男に従うことにしたのだった。
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