第一話 ここはどこ?

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 男は扉を開けた。俺は素直に男についていく。男は俺が部屋から出たことを確認すると部屋の扉を閉めた。  俺はぐるりと辺りを見回す。そこは、ホテルの廊下のような一本道だった。 「鷹野の寮室は…383号室だな。覚えとけよ。」  男の言うとおり、俺は383号室という部屋から出てきたようだった。というか、寮室だって? 本当に俺は学生なのか? 「ん~こんな状態だし、今日は仮病してもらうかな。一日中保健室で寝とけ。」  男は俺を見てそう言うと、スタスタと歩き始める。ふと、俺は男の正体が気になった。 「えっと、あなたは一体誰なんですか?」  俺が尋ねると、男はピタリと止まる。そして格好つけながら振り向いた。 「吉澤(よしざわ) (しげる)。お前のクラス、高校2年B組の担任だ。よろしくな。」  ニヤリと笑うと、男は前を向いて再び歩き出した。  な、なんだって。こんなホストみたいな男が教師だと!? しかも俺のクラスの担任!?  おかしい。俺が間違っているのか、この男が間違っているのかわからないけど。  俺の20年間の記憶を簡単に否定したくはないけれど、かといって男が全て間違っていると決めつけるのも良くない。男は教師らしいし、一応吉澤先生とでも呼んでおこう。 「鷹野はここを知らないみたいなんで、軽く教えとくわ。ここは薔薇染(ばらそめ)学園っていう名前の高校だ。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学まである私立。ちなみに幼稚園にさえ入ったら、そのまま受験せずに大学までいけるぞ。全てにおいて国内一位だから、まぁエリートの集団ということだ。」  な、なんだそれ。ものすごくセレブじゃないか。 「でも勉強をサボる奴もいるからなぁ。学年ごとに7クラスあって、上からS、A、B、C、D、E、F組なんだ。S、A組はトップ層しか入れない。B、C、Dは普通。赤点しか取らないのがE組で、そもそも学校に来ていないのがF組だ。わかったか?」  吉澤先生曰わく俺はB組ということなので、まぁそれなりと言ったところだろうか。にしても、不登校とかもいるのかよ。寮室まで与えられて家に引きこもるだなんて、どういうことだ? しかもこんなセレブな私立、行かなきゃ損だろ。 「それで、全員に二人で一つの寮室が与えられるんだが…S組の生徒のみ一人部屋が与えられることになっている。因みに、鷹野の同室の相手はF組の生徒だ。」  そうだったのか。確かにもう一つのベッドが空いているなぁとは思っていたけれど、まさか不登校だから空いていただけだったなんて。 「まぁ、あまり不安がるな。それなりに良い奴ばかりだからよ、青春を楽しんでおけ。」  よくわからないけど、吉澤先生の話はなんとなく説得力があった。だから俺は、そうします、と答えようとした。  ちょっと待て。今、良い奴ばかりって言ったか? 全然良い奴ばかりではないだろう。  俺は昨日の変態男のことを思い出した。俺が嫌だから押しのけても、むしろ興奮して俺を犯し続けたことを。  そんな奴が良い奴でたまるかよ。俺はぐっと奥歯を噛み締めた。  そうして歩いていると、前方に階段があるのを発見した。この階は三階らしい。まだまだ上の階もあるようだった。吉澤先生は迷いなく階段を降り始めたので、俺も階段を降りていく。  一階についた。どうやら大広場のようであり、複数扉がある。大浴場と書かれたプレートがある扉だったり、S組専用と彫られた高級そうな扉もある。吉澤先生が入った扉は、一番シンプルで大きな扉だった。  扉の先は一本道の通路である。両側はガラス張りになっており、外の美しい風景が見えた。青々とした草原の上に、たくさんの桜が立派に咲き誇っている。どうやら今は春のようだ。  一本道の先には、少し開けた場所があった。扉が2つあり、それぞれ上に『校舎』、『庭園』と書かれたプレートがある。吉澤先生は校舎の方の扉を開けて進んだ。  その先まで行くと、さっきまでのホテルのような雰囲気はなく、あるのはれっきとした学校の廊下であった。吉澤先生はさらに奥へと進んでいく。たくさんの教室がある様子だったが、生徒達が授業を受ける教室はこの階にはないらしく、非常に静かだった。  少し歩くと、右手側にとても広々とした昇降口があった。清潔感溢れる大きな下駄箱がズラリと並び、ほとんど全てに靴が入っていた。 「体育の授業の時は、更衣室で着替えた後ここから出ろよ。昇降口から出て、左にずっと行けばグラウンドがあるから。」  吉澤先生は説明しながら昇降口の前を通り過ぎていく。俺はひたすらついていった。  歩き続けていると、ようやく吉澤先生は止まってくれた。見ると、そこには落ち着いた雰囲気の扉がある。これが保健室だろうか。 「入るぞ。」  吉澤先生は軽くノックをすると、そこへ入って行った。俺も吉澤先生についていく。  中は優しい空間が広がっていて、思わず心が落ち着いてくる。6つほどカーテン付きのベッドがあり、どれも寝心地が良さそうである。薬が置いてありそうな引き出しもたくさんあるみたいだ。壁際には1つのソファーが置いてあり、正面にどっしりとデスクが置いてあった。加えて、そのデスクで仕事中の人がいた。  その人はこちらの存在に気が付くと、回転椅子に座ったままくるりとこちらを振り向いた。 「おやおや、吉澤先生に生徒さん。どうされましたか?」  その人物はおっとりした笑みを浮かべた。口の左下にほくろがあり、まつげが長い。男であるのに髪は長く、三つ編みをしていた。艶やかな茶色がかった髪に、真っ白のコートを着ている。 「上野(うわの)先生、ちょっとこの生徒を預かってもらっても良いですか。あー、これはウチのクラスの生徒なんですけど、記憶喪失? みたいなかんじなんです、はい。あ、名前は鷹野 隼斗です。よろしくやってください。」  吉澤先生は俺の背を軽くポンと押して、保険医の先生の前に突き出した。保険医の先生は興味深そうに俺の顔を見つめると、ニッコリと穏やかに笑う。 「緊張しないで、鷹野君。」  その柔らかい顔を見ていると、俺もなんだか心地良くなった。
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