第一話 ここはどこ?

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「さぁさ、そこのソファーに腰掛けて。」  保険医の先生に声をかけられ、俺は壁際にあったソファーに座った。保険医の先生は椅子に座ったままソファーの近くにくる。 「僕は 上野(うわの) 蒼空(そら)。この薔薇染学園の保険医だよ。よろしくね。」  上野先生はおっとり笑った。吉澤先生は座ることもなく、ただ俺の隣に立っている。 「それで、鷹野君。君は高校二年生なんだけど、それまでの記憶はあるかい?」  吉澤先生とは違って、絶対に不快にならない言い方を選ぶ上野先生。不覚にも心を開いてしまった。 「はい、20年間生きてきた記憶なら。」  俺が正面に答えると、上野先生は真顔になって考えた。吉澤先生はまず否定したけど、上野先生は否定しない。素晴らしい人だな。 「そうだなぁ。鷹野君の人生について教えてくれる?」 「わかりました。」  俺は説明した。 「俺の普通の人生を送ってきました。親に恵まれ、5歳離れた弟もいました。色々ありましたが、高校受験も大学受験も経て、今は大学生として勉強に勤しんでおります。」  俺が話すと、上野先生はとても真剣な顔で頷いた。 「そっか。素敵な人生だね。」  上野先生はニッコリと優しく微笑んだ。大人ってこんなにも優しいんだ。俺の心が洗われていくような気がした。  上野先生は深く考え込むと、パッと吉澤先生の方を見る。 「吉澤先生、理事長を呼んでくれますか。これはかなり危険な予感がします。」 「あーー、わかり…ました。呼んできます。」  上野先生に真面目にお願いされた吉澤先生は、上野先生の様子に驚きながらも駆け足で保健室から出て行った。  り、理事長まで呼ぶのか。吉澤先生を見送りながら、俺は事の大事さを理解できずにいた。 「鷹野君。」  上野先生に声をかけられ、上野先生の方を見る。すると、少し同情するような目で俺を見ていた。 「あのね。多分だけど、その大学生活は前世の記憶だったんじゃないかな。」 「へ?」  俺は呆気にとられる。 「前世って…俺、死んだ記憶ないですよ?」 「だからだよ。死ぬ瞬間だけ思い出せないまま、前世のことを思い出したんじゃないかな。それがあまりにショックすぎて、高校二年生の鷹野君の記憶が消えちゃったんじゃないかな。」  つ、つまり。俺は実は何かしらの原因で死んで、生まれ変わり、高校二年生まで生きていたと。そして、俺の20年間の記憶と引き換えに高校二年生までの記憶を失ったと。そう言いたいんだな?  でもそれって、あまりに現実離れしてないか。 「他の仮説はありますか。」 「うーん。」  上野先生は悩み考えた末、意を決して話しかけた。 「実は、鷹野君は先生達の間でも有名なんだよね。でも僕達のイメージでは、鷹野君はこんなにしっかりしていないというか。」  俺のイメージどうなってんの? 「だからこそ、まるで別人みたいなんだよね。過ごしてきた人生も違うみたいだし。多分君は、前世の鷹野君なんじゃないかな。他の仮説はあまり思い浮かばないなぁ。」  そ、そうなのか。俺が生きてきたこの20年間は、もうないのか。  って言われて、素直に頷ける人がいるか。理解できるわけないだろ。まぁ、今の俺が高校二年生なのは認めるけどさ。だって寮とか先生とか学校とか見たら、絶対に俺が学生じゃないとおかしいから。  でも、俺が生まれ変わっただと? よくある転生系の小説では、前世の記憶を持ったまま赤ちゃんで無双する、みたいなのがあるけどさ。20歳が17歳になっても何もできないでしょ。なんでこういう中途半端な転生なのかなぁ。どうせなら、ファンタジーな世界の勇者に転生して、巨乳の美少女達とイチャイチャしながら英雄になりたかったものだよ。  などと考えていると、ふっと上野先生が笑った。 「そうは言っても、信じられるものと信じられないものがあるからね。あまり深く考えない方が良いよ。鷹野君は今日から薔薇染学園の生徒として、思いっきり楽しめばそれで良いんだよ。」  上野先生の穏やかな笑顔を見て、俺はぼーっと見とれてしまう。上野先生の言葉って、魔法みたいだ。心が温かくなる。  そうだな…これが夢なら夢で終わってくれると良いんだけれど、現実というのならば。ちょっとくらい楽しんでも良いよな。  それに、こんなセレブな私立校に入っているだなんて、それはそれで凄いじゃないか。異世界で勇者にならなくても、エリートの一人として過ごせば素晴らしいのではないのか。 「はい、そうします。」  ようやく自信をもって言えた。上野先生は俺の頑なな意志を見ると、ニコッと笑った。 「うふふ。良かった、良かった。」  俺もさっきまでよりずいぶんと気持ちが楽になっていた。さすがは保険医、人の心を開くのも上手である。  しばらく上野先生と話をしていたところ、保健室に誰かが入ってきた。 「いやぁ、遅れちゃったよ。悪いね。」  渋い声がして、高身長の男が部屋に入ってきたのだった。
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