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部屋に入ってきたのは、白髪のイケメンなオジサンだった。深緑色のスーツをきちっと着こなしていて、痩せていてスタイルが良い。男は俺を見て優しく微笑むと、俺が座っているソファーに腰をかけてきた。
「ちょいと失礼。いやはや、この歳になるとすぐ疲れてしまうものでね。」
男は紳士なのだろう、初対面の俺のことを気遣って少し距離を置いて座ってくれる。
「理事長、お疲れ様です。」
上野先生は男を理事長と呼んで、ぺこりと頭を下げた。
「堅くならないでくれ、上野先生。」
それだけ言うと、理事長と呼ばれた男は俺の方を向く。そして、きゅっとネクタイを締めた。
「初めまして、吉澤先生から聞いたよ。君が鷹野 隼斗君なんだね。私はこの薔薇染学園の理事長5代目、薔薇染 敏久さ。もう初老のオジサンだけど、まだまだ現役だよ。」
どうやらこの人が理事長らしい。自己紹介をすると、理事長はニッと笑った。笑い方は若々しいな。
「上野先生、この生徒が記憶喪失なんだって?」
理事長は確認をとる。
「厳密に言うと違うみたいです。多分ですけど、この子は『贈り物』なのではないでしょうか。」
「ふーん。『贈り物』ねぇ。」
理事長は珍しそうに俺のことをじろじろと見てくる。贈り物って何だ?
「すみません、えっと、贈り物とは?」
「ん? あぁ、そっか。話すよ。」
理事長はお茶目な表情を見せると、真剣に説明してくれた。
「人は輪廻転生する、なんて宗教でよく言われるだろう。大昔の偉人は、本当にそれを証明してくれる人のことを『贈り物』と呼んだんだ。君のように、前世の記憶を思い出した人のことをね。」
理事長はニヤリと笑う。つまり、人間は本当に輪廻転生しているというのか。
「その偉人曰わく、前世の記憶を思い出したとしても、死ぬ瞬間だけ思い出せないことが多いらしい。そのうえ、自分が転生したことがショックであればあるほど、今世の記憶を失ってしまうものなんだってさ。」
な、なんだそれ。少し意味は違うけれど、上野先生と言っていることがほとんど同じだ。いや、もしかすると、上野先生も理事長と同じことを言いたかったのかもしれない。ただ、俺みたいな人にも伝わりやすいような言葉を選んでいただけで。
「まぁまぁ、二人分の記憶があっても面倒なだけだし、君みたいにクリアな状態の方が楽だろうね。」
それは少し同意する。さっき上野先生は、高校二年生の俺は大学生の俺よりしっかりしていないと言っていた。今世の俺は不真面目な学生だということだろう。そんな奴の記憶なんてあまり知りたくない。新しい黒歴史が追加されるだけの予感がするし。
「とりあえず、君が『贈り物』ということは誰にも言わない方が良いよ。『贈り物』は本当に珍しいから、君の個人情報が世界中に広まってしまう可能性もある。無難に、一時的に記憶喪失してしまっただけの人になりきれば良いだろうね。」
個人情報が世界中に…それは絶対に嫌だな。とにかく俺が転生したという事実を言ってはいけない、ということだな? だからと言って、記憶喪失者になりきるのも無茶な話だとは思うけれど。記憶喪失って、頻繁に起こるものでもないだろう。
俺が考えていることを察したのか、ふいに理事長は苦笑いした。
「我が校は、数年に一人は記憶喪失者が出る学校でね。私自身も対策のしようがないのだが、大怪我をして記憶を失う人がかなりいるんだ。不思議だね~」
ははは、と言って大きく笑い飛ばす理事長。いや、数年に一人は記憶喪失者が出る学校って、どんな学校だよ。ちょっと行きたくない。
要するに俺は記憶喪失者として、この薔薇染学園の生徒になれば良いというわけだ。あまり認めたくないけど、仕方ない。
「なるほど、わかりました。これからよろしくお願いします。」
俺は理事長に向かって深々と頭を下げた。相手はこれからお世話になる学校の理事長、礼を欠かしてはいけない。
「うんうん、これから頑張りなさい、鷹野君。」
理事長の優しい声が聞こえたので、俺は頭を上げた。理事長はとても穏やかな顔でニコニコと笑っている。そんな様子を見た上野先生は、ふっと微笑んだ。
「じゃあ、鷹野君。これから少しお勉強しようか。この学校の勉強は難しいから、明日から授業についていけるように、ってね。」
う、また勉強しないといけないのか。前世でさんざん勉強をやってきて、ようやく大学生になり、やっと勉強が落ち着くと思っていたのだけれど。しかもこの学校は国内一位なんだろ? 絶対に難しいに決まっているじゃんか。勉強したくない。けど、やるしかないよな。クラスがE組とかF組とかにはなりたくないし。
「わかりました。お願いします。」
俺は上野先生に軽く会釈をした。上野先生はニッコリ笑った。それから俺が持ってきた鞄を指す。
「鷹野君、この鞄は鷹野君の物?」
「えっ、あぁ、多分そうです。吉澤先生に渡されました。」
そういえば俺、吉澤先生に鞄を渡されていたんだった。上野先生と理事長がじっと俺の鞄を見つめるので、鞄の中身が気になるのかと考え、俺は鞄を開けた。
中には…あ? なんだこれ。筆箱、下敷き、小さめの問題集やノートが入っているのは理解できる。しかしこの禍々しい物は何だ?
俺はよくわからなくて、それらを全て取り出した。変な透明の液が入っている物や、ピンク色の丸々とした機械、それに…は!? ち、チ○コ!? チ○コそっくりの模型もあるぞ!!
どうなってるんだ、この鞄は。学生が持ってはいけない物だろう。などと考えていると、上野先生と理事長がニヤニヤしながら俺を見ているのがわかった。
「ローションに、ピンクエッグ、それにディルドまで…盛んな男の子なんだね。」
「いやはや、我が校の生徒は思春期を立派に過ごすみたいだなぁ。感心、感心。」
ちょ、ちょっと待て!! この人達、俺がこの鞄の中身に対して心当たりがないということを知っているんだよな!? にしても、今世の俺はどうしてこんなにラブグッズを持っているんだよ! こんなの、俺はマンガでしか見たことがないぞ!?
俺がまじまじとラブグッズを見つめていると、正面にいた上野先生が俺の顔を覗き込んだ。
「鷹野君。まずは、保健体育の授業を教えてあげるね。」
ペロリ、と上野先生は自身の下唇を舐めた。
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