第一話 ここはどこ?

6/8

340人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
 上野先生は真剣な顔をしながら、冷静に俺に話した。 「鷹野君、男性に性的魅力は感じる?」 「はい?」  どういう意図で質問しているのだろう。俺は普通に女の子が大好きだ。 「いいや、女性の方が好きです。」  俺の素直な気持ちだった。しかし二人は俺の言葉を聞くと、深く押し黙ったのである。どうしてだろう。  俺が何もわかっていない様子を察した理事長は説明してくれた。 「悪いが、鷹野君。この世界に生きる人間のほとんどは男だから、女性とはもう関わる機会がない──そう思った方が良い。」  …。え? どういうこと? 「多分君は、まだ人類に女性が多く存在していた時に生きていたのだろう。しかし時が経つにつれ、世界中から女性の数が減少していく現象が多発してね。少子化が深刻化して、人類は大きく衰えてしまったんだ。しかし時の偉人が妊娠薬なるものを作り出した。その妊娠薬は男でも子を産める特殊な薬なんだけどね。それのおかげで少子化が終わり、再び豊かな生活を送れるようになったのさ。」  上野先生はおもむろに椅子から立ち上がると、引き出しの一つまで行き、ごそごそと物を漁り始めた。 「で、でも、女性がほとんどいないこととは関係ありませんよね?」  俺が問うと、理事長はきっぱり言った。 「実はね。万能かと思われた妊娠薬に欠点が一つだけあったんだ。それは、男しか産まれないということだ。」  なんだって。男と男が子を作れば、その子共は必ず男になるだと? それでは女性が減少していくどころか、いなくなってしまうのでは? 「しかしありがたいことに、まだ女性はこの世にいる。女性が産む子は男とは限らないから、少数ながらも女性はいるということだ。しかし女性は貴重すぎるあまり、世界中で女神様と呼ばれて崇拝されている。」 「ということは、つまり?」  理事長はニッコリ笑った。 「一生、女性とは会えないだろうね。会えたとしても石像か。はは、残念ながら性欲処理の相手は男しかいないようだ。」  う、うそ、だろ。いつの日か女性と結婚して、子供を二人作って、幸せな家庭を築くという俺の夢が壊れていくのだけれど。  理事長は男でも子を産める妊娠薬があると言っていたな。女性の大切な仕事を代わりに男がするということだろう。つまり、子を産む側は尻に突っ込まれ──うわぁ、考えたくない!  そんな方法しかないなら、俺は子供を作らないぞ! いや、女性もいないならば結婚もしたくない! たとえ男と結婚することがこの世の常識だったとしても、俺はどうしても女性が良いんだ。理由なんてない。本能的に女性が好きなんだよ。  俺がむしゃくしゃしていると、引き出しから何かを取り出した上野先生がこちらに近寄ってきた。それから椅子に座ると、手で握っていた物を俺に見せてきた。 「鷹野君、これが妊娠薬だよ。改良されながら現在も必需品として使われ続けているんだ。」  それは、一辺5㎝ほどの正方形の袋に入っていた紫色の薬だった。見た目から恐ろしそうだし、とても口に入れたいとは思わない。俺がたじろぎながら見ていることに気づいた理事長は、笑いながら言った。 「それを飲むとね、飲んだ人の遺伝子を元に、腸に一時的な子宮と一時的な卵子ができるんだ。それから24時間以内に卵子に精子が入ると子供ができる、という原理さ。今では大量生産されて、子供でも簡単に買えるようになってしまった。むろん、年齢制限はかかっているけどね。」  こんな物を考えつくとか、その偉人は色々な意味で凄いな。他の方法はなかったのだろうか。  ん、ちょっと待てよ。薬を飲んで24時間以内に性行為すると妊娠するんだよな。じゃあ、知らず知らずの間に薬を飲まされて、そのまま妊娠…っていうことがあるんじゃないのか? 「そんなに簡単に手に入るなら、倫理観が崩壊しませんか?」 「あぁ、それは大丈夫だよ。この国では、義務教育である小学生の頃から倫理観を学んでいてね。妊娠薬がどれほど素晴らしくて、どのような影響を及ぼすのかを教えられるのさ。だから普通の子達は妊娠薬を容易に使わない。」  理事長は優しく微笑む。 「それに、妊娠薬は油や水にも溶けにくいうえに、非常に味がマズい。だから、口に入れたらすぐにわかるんだよ。さらに妊娠薬の効果は24時間しかないし、それが経てば一時的な子宮は消える。セックスすれば絶対に子供ができるというわけでもないしね。」  そうなのか。それなら安全…いや、本当に安全なのだろうか。好奇心旺盛な人は飲みたくなるんじゃないのか? 学生だけど赤ちゃんができました、ということを防ぐことは難しいと思うけれど。  などと考えていると、はっと気づく。それは妊娠薬だけでなく、普通の男女間でも起こりえることであると。デキ婚なんて言葉があったように。  まぁそうだとしても、妊娠薬の場合はこれほど禍々しいのだから、口に入れたがる人は少ないんじゃないだろうか。 「とにかく鷹野君、そのラブグッズを片付けた方が良いだろう。」  理事長はニッコリ笑った。あ、そうだ、まだ色々と出したままだった。俺は恥を覚え、急いで鞄の中に直した。上野先生はそんな俺の様子をほっこりしながら見ていた。 「じゃあ鷹野君。真面目な授業をしようか。」  上野先生は微笑みながら話しかける。そうか。今からがちゃんとした授業なんだな。どのような難しい勉強なのだろうか。俺は緊張した。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

340人が本棚に入れています
本棚に追加