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ブブッ 「っ!」 スマートフォンのマナーモードの音の驚きで肩がビクッと揺れる。確認すると、修司さんからの折り返しの電話だった。応答を押して急いで耳に当てた。 「修司さん、こんばんは。仕事中にすみません。奏良君の先輩の光兎ですが…」 『なーんだ。誰だと思ったら、この番号って光兎のか。つーことは奏良のこと?今から会うんだろ?』 修司さんは俺だと分かると直ぐに察したのか、電話口でニヤついたように話している様子が伺える声だった。そして奏良君の状態が分かっている口振りだ。なら話は早い。 「修司さん!今から奏良君が家に来るんですけど、様子がおかしいんですよ。…もしかしてワイン飲みました?」 『はは、大正解〜。それより付き合えたんだろ?聞いたよ。おめでとう。さっき新しく入ったカウンターの子が白ワインのカクテル作ってる途中で、奏良に試しに飲んでみて下さいってお願いしてきたんだよ。飲んだ後に中身何?って確認するやつがいるかって話だけど。浮かれてんだろうな』 浮かれ奏良君~!ちゃんと中身確認しろよ!そんなドジッ子奏良君も可愛いけど! 「奏良君の攻略法はありますか?何かいつもより口説いてるっていうか…」 『うわ、アイツそんな感じになるんだ。俺らが見た事あるのは光兎の惚気を言ってるくらいで、惚気相手に直接会いに行く奏良は俺も見た事ないよ。大丈夫だって。光兎も奏良の事好きなんだろ?』 「好きですけど…何かいつもと違う奏良君に…なんというか、心臓が変になりそうで」 流石に抱かれるかもしれないとは言えない。そして電話口でクスクス笑っている修司さんの声に気恥ずかしくなる。 『本気で嫌なら、止めろ!って叱れば止めるだろ。分かんねぇけど。とりあえず何かあれば俺に電話すればいいよ。まぁ、あの酔っ払った奏良から隙を見て電話出来ればの話だけど』 「さっきから不安要素しかありませんけど!?」 『はは、大丈夫だって。とりあえず頑張れ。因みにアイツ普通に会話してるけど、次の日一切覚えてないから。あ、先に言っとくわ。処女卒業おめでと~』 そう言って電話を切った修司さんに、絶望するように膝をついた。 俺の唯一のライフラインは不安を煽って去っていった。しかも記憶は一切無しか。それに処女卒業って…処女…。 すると、スマートフォンに表示された『下に着きました』という文字にギクッとし、急いで最後の片付けをした。 ♢♢♢♢♢♢♢ クラブ外にある喫煙室で光兎からの電話を切ると、スマートフォンを仕舞った後に残りわずかな煙を肺へ入れ込む。そして、つい数分前に奏良と話した出来事が脳裏に過った。付き合えたと報告する奏良は嬉しさと悩みに滲ませているようだった。 *** 数分前、クラブ内のVIPルーム。流れる音楽はどの部屋にも共通して流れる。しかし今は浮かない表情の奏良との会話をするために、VIPルームの音楽を消す。ここでくつろげるのは奏良が仕事ではなく、お客さんとしてクラブに来たからだ。 そんな奏良がスマートフォンを見ると、溜息を吐いていた。奏良が何度もスマートフォンをチェックするのは光兎からの連絡の為だ。 「あー…寝ちゃった」 スマートフォンを仕舞った奏良は、まるで捨てられた子犬のように弱っている。 「何で今から会いに行かねぇのよ。せっかく仕事も終わって、明日会うならそのまま泊まっても良かったんじゃねーの」 「あの人今日仕事だったんですよ。疲れてるのに俺の我儘に付き合わせるの可哀想でしょ。いつもこの時間帯に寝てるっぽいし。それに俺が会いたいって言ったら、優しいから無理しても会ってくれると思うし」 何時に起きて何時に寝るという事も把握しているらしく、その時間に奏良は合わせて連絡を取っているらしい。 「考えすぎじゃねーの。で、お前は会いたいけど会えないからいじけてんの?」 「別にいじけてないです。…光兎さんが同じ気持ちだって知れた日から、更に光兎さんの事ばっか考えてて。しかも俺から別れを切り出さないって言った挙句、一緒に住もうって言おうとしたんです」 「付き合って初っ端それかよ。しかもプロポーズじゃん。重っ。それにわざと別れを切り出さないって言ったと見た。光兎が優しいっていうのを利用したな。遠回しに縛ってるって気付いてる?プレッシャーだぞ」 奏良は光兎が離れるのが怖いと思っている。そこから見えた自分の考えをハッキリと告げると、奏良はそれを気にしているのか、眉がピクッと動いたのが分かった。 不貞腐れた表情で軽く睨み、ソファに深く座ると、足を組んで話し出した。 「…そんな酷い言い方しなくても」 「でも、そういう事だろ」 「そうですよ。そんな事で光兎さんを繋ぎ止める事しか出来ないズルイ男なんですよ。けど、もう制御できそうもない。あの人をこちらへ引き寄せる度に欲が出る。光兎さんも光兎さんで受け入れてくれそうな気がして…でも嫌われたくないです。あの時みたいに離れ離れになるのは御免なんですよ」 白状した奏良は最後に「もう、ひとときも離れたくない」と、付け加えるくらい重症だった。 優しく受け入れる光兎に無理させたくないという自分と、その優しさを利用して、ずっと一緒に居たい。それも全て光兎が好き過ぎる故なんだろう。奏良と出会ってこれほどまでに葛藤している姿を見るのは初めてだった。 **** あんな状態でタイミング悪く酔って、光兎の所行くのはマズいんだろうけどなぁ。奏良の本性出されて光兎がどう思うかだよな。 煙草の火がフィルター付近になっているのに気づき、灰皿へと煙草を押し付けた。そろそろ戻らないといけない時間だ。 ま、二人の問題だし、俺がどうこう言ってても意味無ぇか。お兄さんは願うのみだわ。とりあえず…光兎、頑張れ。 ♢♢♢♢♢♢♢ 下に着いたと奏良君の連絡の後、すぐにエントランスのオートロックの解除のチャイムが鳴る。それから数分後にはピンポンの音が聞こえて鍵を開けた。ドアを開けると天使の姿が見えたが、一週間ぶりに会って照れる暇もなく奏良君に抱き寄せられた。 「奏良く…っ」 「…光兎さんだ。やっと会えました。会えて嬉しいです」 耳元で聞こえたいつもより甘えたような声。深く深呼吸して俺を確かめるように匂いを嗅いでいる様子の奏良君から、ふわりと煙草の匂いがする。 ぎゅっと抱き締める力がいつもより強い気がして、お互いに心臓がドキドキと鳴り響いているのが分かった。 外が寒かったことが分かるくらい奏良君の身体は冷たくて、思わず奏良君に熱を分けるように抱き返した。 「…もっと抱き締めてください」 すると、抱き締めた事に気付いたのか、肩でグリグリと頭を押し付ける奏良君がボソッと囁いた。 その要望に応えるように「こう?」なんて聞きながら強く抱き締めると「…もっと」と、更に求めるように抱き締め返してきて、思わず笑いがこぼれてしまった。 「これ以上抱き締めたら奏良君を潰す事になるって」 「…俺は光兎さんに潰されたい」 「あはは!何言ってんだよ。酔ってんな~」 緩い口調と訳のわからない事を言い出した奏良君の頭をポンポンと軽く撫でた。
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