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「……奏良君。ここは外どころかキャバクラの中のトイレだぞ」
場所を弁えようと言う意味で伝えたつもりだが、抱き締められると安心するような匂いが一気に広がり、胸の奥で感じる奏良君の甘さが心地良い。
「光兎さんが俺のファンって言いましたよね」
「ファンって……あ」
「光兎さんならいくらでもファンサしたいなと思って」
一体何のことだと思いながら抱きしめてきた手から離れると、奏良君はニコニコしながら心底嬉しそうにしていた。
『ーーーこの人はクラブのDJやってる人で、SNSでも有名人だから俺もファンなんです』
すぐに先ほど放った自分の発言だったことを思い出した。
ジワジワと熱くなる俺の頰は酒のせいだと決めつけ、珍しく揶揄うような口調の奏良君の肩を押し返しながら呆れるように笑い返した。
「そういうことか。はいはい、もう大ファンですよ。有名人と付き合う人間はこんな気分なのかと思い知らされたけどな」
「あはは、有名人だなんて滅相も無いです。色々と巻き込んでしまってすみません」
そんなことを言いながら心底嬉しそうな顔をして俺を見つめる恋人。何度も同じ事を思うが、なんで奏良君はこんなにキラキラしてるんだろうか。
「あー、奏良君のニコニコな笑顔見たら酒も気も抜けてきたな」
「朝見送ってから早く会いたくて堪らなかった人が目の前に居たらニコニコしちゃいますよ。だから今すぐこの場から連れ去ってキスしたいくらいなんですけど」
そっと俺の頬に手で触れたあとに親指で唇をなぞってきた奏良君にドキッとする。
やっぱこの甘い目線と台詞と触れる熱には、いつになっても慣れない。
そんな事を思った時に過ったのが、何故こんな状況になったのか、だ。
「そうだった!その前に迎えに来るって言ったのに、なんでキャバクラのボーイになってるわけ!?」
やっと気になっていたことを聞くと、奏良君もハッとしたようにイチャつき始めそうな空間から目を覚ました。
「そうでした。良いように言ってますが、一応迎えに来たんですよ」
「む、迎えにきたって…変装して突然の登場が?」
「キャバクラのボーイになって志乃さんとミイナちゃんどころか働いている人達全員が協力してくれて光兎さんの上司の人に波風立てずに光兎さんを連れて帰るのが俺の迎えに行くでした」
何故か胸を張ったように言ってきた奏良君。
俺の思ってた迎えに行くじゃなかった!それに此処の人達皆グルかー!
今の言い分じゃ迷惑はかけないようにはしてくれてるみたいだ。それにもう起こってしまったんだから、やるしかないよな。
「確かにここまでしないと帰れなさそうだけど、あのゲーム大丈夫なのか?もちろん俺は勝ったら奏良君選ぶ予定だけど、勝てる自信が無いんだよな」
「相思相愛ならこのまま抜け出したい所ですけど、そうはいかないですよね」
「だよなぁ、それにウィスキーか。味だけ思い出しても、どのブランドか出てこないし…あ。もしかしてシャンパンじゃないのって奏良君がワイン駄目だからか!」
「正解です。今シャンパン飲んだら作戦なんてそっちのけで光兎さんを抱きかかえて連れて帰っちゃうと思います」
「本気でそうなりそうで怖いな…」
「はは、警戒してるんで大丈夫ですよ。俺はそんな展開でも良いんですけどね」
そして今から起ころうとしていることに緊張してしまうが、奏良君はそんな緊張が一切見えないくらいの笑顔だ。
「そんな展開って…奏良君、奈賀山さんは手強いぞ。しかも奏良君のこと相当気に入ってる様子だった」
「安心してください、その心配は無いです」
「なんか自信満々だな。俺は奏良君が奈賀山さんに奪われないか心配なんだけどな…」
「俺が勝てばいいんですよ。なので俺が光兎さんを頂くので待っててください」
そうだった。こっちにも夜の人間がいた。お酒に関しては奏良君も詳しいだろうし、一切怯む様子が見えない奏良君が頼もしい。
「…ごめん、弱気になってた。そうだよな、俺も諦めずに頑張る!」
弱気を打ち消すよう眉間に力を入れると、奏良君は一瞬だけ何かを考えるよう視線を逸らした後に俺を見つめた。
「ちなみに勝った人間は持ち帰って好きに出来るんですよね」
「…ん?好きにできるって言ってたか?」
「お持ち帰り出来るってことは、そういうことですよ。俺が勝ったら光兎さんを今夜抱いてもいいですか?」
「だっ、抱く……って、その、いや、分かってるけど、ベッドで抱かれるってことだよな?」
お持ち帰りできる人間の特権を今この場で作られたような気がしたが、突然の抱く発言に顔へ熱が集まった。
「そうです。光兎さんの熱かった此処に…」
そう言いながらスーツの上を指先で下腹部までなぞった。
「え…っ」
「いっぱい感じながら俺のを離さなかったでしょ。あの時みたいに可愛い光兎さんを見たいです。実は今朝の触れ合いで我慢してて…ダメですか?」
俺の耳元で囁く奏良君の声と下腹部をスーツの上から押さえてきた感覚に、初夜がフラッシュバックして全身がゾクッとするような熱が走った。
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