その後の俺らはというと…

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まるで働いて………もしかしてここでも働いていたのか? 俺が驚いている姿に奈賀山さんも珍しく互いの顔を見ながら驚いていたが、それでも奏良君は上げた口角を崩さずに「注ぎますね」と慣れたようにコルクを開けてグラスを手に取った。 「俺のことを知っててくれて嬉しいです」 奏良君は俺に視線を向けずに柔らかい笑みのままシャンパンを二、三回に分けながら注いでいて、初対面のような口振りの奏良君に呆気に取られた。 ん?なんか知らないフリしてる?この人は奏良君で…合ってるよな? その時にここの卓だけじゃなくて、周りがざわついている事にも気付いた。周りにも目を引くくらい奏良君の存在感は凄まじく、異様な空気に一体なにが起こっているのか理解するのが難しかった。 「知ってるも何もすっかり有名人なクセに。昔からの馴染みなの。今日は黒服の数が少なかったから今夜限りでお店の手伝いをしてもらうことになった奏良でーす」 「よろしくお願いします」 奏良君を笑顔で紹介する志乃さんと同じくらい笑みを浮かべる奏良君は妙に落ち着いていた。 隣にいるミイナちゃんはキャーと奏良君を見ているが、この反応は知っていたような感じもする。 周りが『あのsoraか?』なんて驚きを隠せないくらい騒めいていたが、立ち上がった志乃さんが一礼して「お騒がせしてすみません。後で挨拶させてもらうので、今は貴重な時間を楽しみましょー」なんて可愛らしく微笑んだことで志乃さんに注目がいき、周りは落ち着きを取り戻して来た。 志乃さんと奏良君は昔からの馴染み…あ。そういえば奏良君がオーナーと知り合いって言っていたな。でも何で奏良君が今夜限りで働く話になってるんだ? 「…光兎。この人のこと知ってるのか?」 未だに目を見開いた状態で奏良君を横目に見た後に俺に視線を戻した賀山さんは酔いがすっかり醒めた様子だ。まずい。奈賀山さんがどう思ってるか読めないぞ。 俺もチラッと奏良君を見返すと、さりげなく人差し指を唇に持っていき、アイコンタクトのように片目を閉じてウィンクしてきた。 うわ、ウィンク可愛い。…じゃなくて、これは自分に合わせろと言っているのかもしれない。 でも良かった。奏良君に超絶似た知らない人かと思った。 「えっと、この人はクラブのDJやってる人で、SNSでも有名人だから俺もファンなんです。それに吃驚するほど格好良くて美形から余計に人気なんですよ」 「そんなに褒めてもらえるなんて嬉しいな」 俺の発言に奏良君は演技なのか分からないくらい嬉しそうに笑みを浮かべていて、いつもより照れ臭さが圧倒的に勝ってしまう。 多分、俺も奏良君も心の中で思ってることは同じだ。なんて白々しくてふざけた会話なんだろうってな。 すると、ソファに座っていた奈賀山さんが勢いよく立ち上がったのが見え、シャンパンのグラスを注ぎ終えた奏良君の目の前に歩いて行った。 「志乃ちゃん、少しだけでいいからこの人を指名することって出来る?勿論お金なら出す。…奏良って呼んでいいか?」 奏良君の目の前に歩いて行った奈賀山さんは奏良君をロックオンした目付きで肩を引き寄せた。 奏良君もまさか自分を指名して体を引き寄せられるだなんて思ってもなかったみたいで、驚きで目を丸くしていた。 その様子を見ていた志乃さんは、始まったと言わんばかりに苦笑いで肩を竦め、ミイナちゃんは「奈賀山さんって男もイケるんだ〜」と呑気に様子を見つめていた。 って、ちょっと待てコラー!やっぱり予想通りだ!完全に奏良君を狙ってやがる! ムッとして立ち上がってまでも止めに入ろうと思ったが、その前に奏良君が引き寄せてきた奈賀山さんの手を丁寧に退けた。 「気に入ってもらえて嬉しいです。でも任された仕事がありますから」 「仕事は今日限定なんだろ?今日限定っていう特別なことなら、仕事内容も特別じゃなきゃ面白くない」 どうにか逃れようとする奏良君をどうにか逃がさないようにする奈賀山さん。この人が口で負けたところを見た事が無いのは知っている。流石に止めに入るか。 「奈賀山さん、そらく…奏良さんの左手薬指みて下さいよ。相手が居る人を誑かすのは良くないと思いますけど」 まるで他人ですよ感を出しつつ、奏良君の手元へと誘導すると、奏良君は俺の言葉に釣られるように左手を奈賀山さんに見せつけた。 「気付いてたさ。それより誑かすって酷いな。俺が遊びで言わないことはお前が一番分かってるだろ」 だから困ってるんだよ!と言いたいところだ。奈賀山さんは気に入ったらとことん気に入ってしまう。今でも奏良君のファンは多い中で上司とライバル関係になるわけにはいかない。 「で、その指輪はどんな意味があるんだ?」 奈賀山さんはチラッと奏良君の左手薬指にある指輪を見つめると、奏良君は指輪を右手の指先で軽く触れた。 「自分がおかしくなってしまうくらい愛してる人とお揃いの指輪なんです」 ニコッと微笑む奏良君は一瞬だけ俺に笑みを向けていて、隠れてしまいたいくらい顔が一気に熱くなった。
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