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顔を上げると、額に手を当てて蹲み込んだ奏良君が見えた。驚いて同じように蹲み込んで、心配そうに奏良君の様子を伺う。
「大丈夫か!?」
「…大丈夫ですよ。知らぬ間に燿一郎さんと修司さんと関わってるし、光兎さんの様子もおかしかったし…想像以上に気を張ってたみたいで、力が抜けただけです」
体調が悪くて蹲み込んだわけじゃないらしい。くぐもった弱ったような声の奏良君は、ゆっくりと顔を上げると、茹で上がったように耳と首まで真っ赤になっていた。
「あのー、奏良君のお美しいお顔が真っ赤に染まってますが…それでも可愛さが勝ってるってどういう事…?」
「その言葉、そのまま光兎さんにお返しします」
思わず敬語になってしまうほど紅潮している奏良君は新鮮で、その事実を伝えざるを得なかった。しかし、自分自身の立場を思い出させるような奏良君の返しに、「うわっ、そうだった」と、手の甲で頬を押さえながら熱を感じた。
俺ら二人揃って赤面になって更に恥ずかしいな。
お互いに恥ずかしさに包まれていようが、それでも向こうは手を離す気配は無い。
奏良君は何かを意気込むように、ふぅと小さく吐息を吐きながら立ち上がる。そして横で突っ立っていた修司さんと街凪君に目を向けると、二人してニヤニヤとした笑みを浮かべて眺めていた。街凪君に至っては、腕を捻られた事なんて無かったんじゃないかというくらいニヤニヤしている。
「今回の件は修司さんの仕業というのは分かったけど、抱きつくのは無いから」
「それは俺の指示じゃねーよ。燿一郎のアドリブ〜」
「だってまさか奏良の方に向かって止めに入ると思ってなかったし」
「俺も遠くから見てたけど、あれは仕方ないんじゃね?そんな目くじら立てなくてもいいだろ。お前、こんなに心狭い男だったっけ?」
街凪君は俺は悪くないと言いたげにツーンとそっぽを向いていているが、修司さんは揶揄うように浮かべた笑みを自重しないまま奏良君へと向ける。奏良君はあの時の風景を思い出したのか、露骨に顰めっ面を浮かべていた。
いかんぞ、俺。そんな新鮮な奏良君が見れて口角が上がりそうになるな。
「仕事で忙しいけど会いたかったし、なのに知らない所であんなの見せられたら悪い気分しかしないです」
「…でも、俺も会いたかったんだよ。伝えたいこともあったし」
不満げな奏良君に対し、小さな声でボソッと呟いたはずが、意外と静まり返っていた所為で、俺の声が奏良君だけじゃなく、修司さんや街凪君の耳に入ってしまった。
二人揃って「「ヒュー」」と、わざとらしく揶揄いの声を出してきて、俺は照れ臭そうにぎこちない笑顔を浮かべてしまう。奏良君は容赦なく、「外野がうるさいな」と、二人を睨んでいた。
「光兎さん、少し二人きりで話しませんか?」
痺れを切らしたのか、向こうへ行こうと掴んでいた手を軽く引っ張ってきた。
再会したクラブ内で奏良君に似たような事を言われた。けど、あの時の状況は全く違う。
「でも仕事中じゃないのか?」
「今の時間が仕事外の時間帯に呼んだのは相手も了承済みなのと、相手も分かってくれるような仲なので大丈夫ですよ。長居はさせませんので」
「えー、観戦禁止かよ」
修司さんは不貞腐れた子供のように口を尖らせていたが、奏良君は気に留める様子もなく、「ガヤが過ぎるんですよ。それにこんな大事な話してる光兎さんを見せたくないです」と、恥ずかしげもなく告げていた。
「ていうか燿一郎さんは早急に奥さんに連絡した方がいいですよ。腹立ってうっかりキャバ嬢のこと言っちゃったんで」
「はぁあ!?お前ふざけんなよ!いつ何処のタイミングでスマホ打ってる暇あるんだよ!」
奏良君は何やらサラッと街凪君に伝えながら既に歩き出していた。俺の肩が揺れるほど大きい声で動揺した街凪君は、スマートフォンをポケットから引っ張り出しているのが見えた。
…キャバ嬢?なんの話だろう?ていうか街凪君って既婚者だったんだ。
混乱した様子に大丈夫なのかと、横にいた修司さんに目を向けると、特に気にした様子も無く「がんばれ」と、声に出さずに口を動かしていた。その行為は今から奏良君に気持ちを伝えるんだと意識すると同時に、応援してくれていると気付く。修司さんにぺこりと頭を下げると、そのまま身を委ねるように奏良君に手を引かれて、人通りの少ないホテルの裏側へと連れられた。
「光兎さん。早速ですけど、さっき燿一郎さんに言っていた言葉、俺は聞いてないです」
「さっき言っていた言葉………はっ」
さっき街凪君に言っていた言葉って何だろうと振り返るが、直ぐに意味が通じた。
俺の声がホテル内の聞こえたという話。そうだとすると、数十メートル先から聞こえたという事になる。ということは、「奏良君が好きなんです!」という言葉が聞こえないはずがない。
「…俺の声が届いてここに来たんだよな?」
「それはあの人に言った言葉でしょ。俺は聞いてないです」
あの人とは街凪君の事だろう。
意地でも聞いてないという奏良君の気持ちは分からなくもない。俺でもこういうのはちゃんと言わなきゃいけないと分かっている。それは核心的な事を突くような話だ。だからこそ心臓の音が煩くてたまらない。
奏良君と久しぶりに会ってから恥ずかしい事ばかりだ。顔だけでは熱は受け止められなくて、身体中のあちこちが熱くなってきた。それがずっと続くと、手を繋がれている事が嫌では無いが、何故か手を解いて逃げるように何処かへ隠れたくなる。
すると、無意識に手を引いていたのか、離さないと言わんばかりに奏良君が強く握ってきたのが分かった。
「離してほしいですか?」
「…違うんだよ。嫌とかそういうのじゃないから。話さなきゃいけない事も分かってるよ。ただ照れを通り越しちゃってさ」
「だからこそ離れないように繋いでおきたいんです」
「あ…それって前も言ってたよな」
確か街灯の下で聞いた台詞だ。街灯の下で美しく際立った奏良君の表情は今でも鮮明に覚えている。
「あの時みたいに冗談なんて言いませんよ。光兎さんの言葉を聞くまで離しません。いや…聞き終えても離してやれないかもしれません」
もう俺が好きだって伝えたいのを知っているような言い方だ。そう言いながら握っている手を指の間に滑らせ、世に言う恋人繋ぎという繋ぎ方で指を絡ませてきた。あんなに冷たかった手も、今ではお互いの熱を分け合えるほど暖まっている。
奏良君は意を決したように軽く息を吐くと、俺を真っ直ぐに見つけた。
「光兎さんは本当の俺を知りたいと言ってくれたし、せっかくなんで言いますね。もう俺以外の恋愛相談は受け付けないし、光兎さんの喜怒哀楽とか見た事ない表情も全部見たいし、好きという言葉を受ける時は俺だけであってほしいし、光兎さんの初めては全部俺が貰いたい。光兎さんが俺に抱いてくれた気持ちが誰にも揺れないように封じ込めたいくらい光兎さんを俺が独り占めしたい…そう思ってますよ」
敢えて言う事で関係が変わる前に忠告しているようにも聞こえる。俺はこういう奴だって。
いつもより強引で自分の欲を曝け出した奏良君が発する言葉が、心臓にぶつかるように強く叩きつけた。
ブラック奏良君の要素は消え去っていて、恋情のこもったような熱を帯びた眼差しをしていた。その瞳に吸い込まれそうで、目を逸らす事を許してくれない。
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