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篠目 光兎、二十八歳。恋愛と無縁だと思っていた俺が、天使のような可愛い恋人が出来ました。が、…まさか付き合った初日で一緒に住もうと匂わせるような発言を聞くとは思わなかった。考えてみればプロポーズみたいだなと思った事は何度もあった。
という事は、そういうこと?そもそも俺が気にしている内容も奏良君に直接言われたわけではないから、そこまで深く考える必要も無いんだろうけど。
奏良君にずっと好きだと言って貰えるのは嬉しい限りだ。でも俺と住めば色んな所が見えてくるし、どういうイメージで俺の事を捉えているか分からないが…美化してないか心配だ。そもそも家族以外と同じ空間で住み始めたことが一度も無い。
あの告白から一週間が経過したが、奏良君と毎日連絡を取り合っている。激務に追われながらも、恋人同士になった後の奏良君とのやりとりは、更に甘さが増した気がする。「早く会いたいです」「好きです」…メッセージ越しでも俺からすると破壊力が凄い。
スマートフォンを開くと、一時間前に「おやすみなさい」と、向こうから来た会話が終了している。明日になれば、俺が「おはよう」と送る番だ。その前の会話はデート場所を相談している内容。明日は告白以来に奏良君と会う事になっていた。
そして俺も明日会えるのを楽しみにしていた。仕事に追われていた所為なのか、更に会いたい欲が増している。これが恋人同士か…。
それに奏良君から連絡が来る度に口角が気持ち悪いくらい上がっている自分がいた。暗転して映った時の自分のニヤけ顔と言ったら、画面をカチ割りたくなるレベルだ。
「…そらくん」
風呂上がりにベッドに寝転がって、ボソッと囁いた自分の甘えたような声は無意識に発せられていて、ジタバタと暴れながら枕を抱き締めて悶絶した。部屋の暖房を付けている所為で余計に身体がポカポカと温かくなる。
うおぉぉ!なんて声出してんだよ!
なんだかんだ奏良君に気持ちを伝えられて、そして付き合えた事で浮かれている。だって嬉しいだろ。恋人が出来た嬉しさよりも、奏良君の事が好きになって、両思いになれた事が嬉しい。
シドニーでDJのイベントを終えた奏良君は、夕方辺りに帰国したらしい。帰宅したらデートまで待てないので少しだけ会いたい、と言われたが、急遽LILIAに寄らないといけないらしく、遅くなるから寝てくださいと返信がきて、結局デート当日に会う事になったのだ。…多分、俺に気遣ってくれたんだろうけど、本当は眠くてもいいから会いたかったんだけどな。休みだし。
そして、奏良君から送られてくる写真にほっこりしていたが、野外ライブの写真でDJブースから写された風景に心底驚いた。人の数が尋常ではなく、大規模なイベントだったらしい。よくテレビで観る超人気アーティストのライブ映像のようだった。それでも前のクラブで堂々とミキサーを回してるのも想像出来る。奏良君、やるな。
俺はベッドで仰向けになった状態で、抱き締めていた枕を持ち上げた。
『あんまり可愛い事ばっか言ってると、こうやって俺にキスされますよ』
…くぅ。あの時の奏良君の言葉と表情、体温などを思い出すだけで心臓がバクバクする。
「たしか、こうやって…」
そう言いながら持っていた枕をゆっくりと下すと、枕に向かって唇を寄せる。唇に枕の素材の感触をした途端、ぎゅうっと枕を抱き締めた。
知ってる。なんて痛い絵図だ。自分の枕を奏良君に見立てて復習するなんて、二十八歳の男がする行動じゃない。一人でキャッキャしてんじゃないよ。ドン引きだぞ。頭は大丈夫。ただ浮かれてるだけだ。
赤面したまま目線を浴室の方へ向ける。そこには奏良君と告白した三日後に通販で購入した…ローションが置かれている。しかもオススメに出てきた温感タイプを購入してしまった。
奏良君に抱いてほしいと言ったものの、正直怖くないかと言われれば嘘になる。
人生で抱かれる日が来ると思わなかった。俺が抱く側だと思っていた。それでも奏良君が好きになってしまった。だから抱かれると分かっているなら少しでも下準備しておきたい。抱かれる男は何処を使うのか何処が気持ちいいのか、調べまくった結果、こうなった。
そんなに抱かれたいのか?なんて思われるかもしれないが、一番は自分の所為で手こずらせたくないから。
俺の方が一応年上だし、未知なる感覚に慄いた俺を見て、奏良君が「やっぱ止めましょう」なんて言い出して、また奏良君だけが気持ちいい思いしないまま終わるような真似は可哀想だ。
それからネットだけの情報を頭に入れ込み、風呂の時間にローション試したものの、何が気持ちいいのかさっぱりだった。分かったのは、温感ローションは心地良いくらい本当に温かかった事と、指一本入れて感じるのは違和感のみ。あの感触は萎えてしまうかもしれない。まだ三日目しか経ってないから何とも言えないが…もしかしなくても俺は明日奏良君に抱かれるんじゃないか?なんて思ったりしてる。…本当に大丈夫かな。
すると、スマートフォンが長く振動している事に気付き、すぐに電話だと手に取った。そこには『奏良君』の文字。
寝ると話しした後なのに、奏良君からの電話?珍しいな。
心臓のドキドキを味わっている暇もなく、急いで応答を押して耳に当てる。
「もしもし?奏良君?」
『あ、光兎さんだ。とった~』
「…んん?奏良君だよな?どうした?」
電話の向こうから聞こえる何処か様子のおかしい奏良君の声。声に甘さがあるのはいつもの事だが、更に追加されて楽しそうで緩い口調で、本当に奏良君なのか疑うレベルだった。それに背後から聞こえるのは人の声。LILIAに居るのかな?
『はい、光兎さんの恋人の奏良君ですよー』
電話越しでもニコニコしてるんだろうなと分かるくらいの奏良君の様子に、ははと笑ってしまった。
もしかして酔ってる?珍しい。けど可愛いな。
「何してるんだ?」
『今は光兎さんの事を考えてましたよ?今はっていうか、ずーっと光兎さんの事しか考えてないけど』
「はは、奏良君酔ってるだろ。本当に心配してるんだけど、大丈夫か?今一人?修司さんとかいないの?」
『光兎さん。俺と電話してるのに他の男の話ですか?』
……これは相当酔ってるな。他の男って。奏良君のお兄さんだろ。
確か修司さんが奏良君はワインを一口でも飲むと、本能丸出しで俺の惚気話をしてたって言ってたな。もしかしなくても、ワインを飲んでしまったのか?
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