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「他の男の人に…というより、奏良君以外に恋愛的な興味は無いよ」 『…ヤダ』 「ヤ、ヤダ?何が嫌なんだ?」 『恋愛的じゃなくても興味持ったらイヤです』 珍しくハッキリと言い放った奏良君に目を見開く。 これが奏良君の本音か?何か面倒臭い感じの酔っ払い天使が舞い降りてきたな。まぁ、可愛さが勝ってるが。 「分かった。分かったよ。持たないから。ただ本当に奏良君の心配してるんだって。それより今何処に居る?大丈夫なのか?」 『うーん……大丈夫じゃないかもしれないですね』 電話口で聞こえるふわふわと揺れるような天使の声にガバッと起き上がる。 もしかして本当に歩けないくらいマズいのか?そう思うと、奏良君が何処にいるのか気掛かりで、部屋着から私服に着替えようとベッドから離れた。 「なら心配だから今から迎えに行くよ」 『光兎さんは眠くないんですか?』 「…明日奏良君と会えると思うと、全く眠気が来ない状況を味わってたところなんだよ」 『…ふふ。遠足前に楽しみにしてる小学生みたいで可愛い』 「わ、悪かったな。子供みたいで」 『それを言ったら自分から“おやすみ”って言ったくせに、我慢出来ずに電話掛けた俺が子供ですよ。でも夜も遅いし、治安の悪いクラブ周辺に来るのは危ないです。言い出した俺が会いに行くので、外出ちゃダメですよ?』 その言葉で私服を探していた手がピタリと止まり、安堵するように胸を撫で下ろす。 「なんだよ、歩けるのか?心配しただろー。え、でも、どうする?今から本当に会う?」 『…もう。光兎さん、察しのいい男は何処行ったんですか?こんなの光兎さんに会いたい口実に決まってます』 しまった!達人!心の中のメモに残したはずだったのに! 「あー、そういうことか!……俺ダメだ。もう察しの悪い男でもいい?」 『あはは…っ、いや、ごめんなさい。こんな諄い言い方が良くないですよね。正直なことを言うと、やっぱり明日まで我慢出来なくて、今すぐ会いたいんです。…こんな俺は嫌ですか?』 思わず持っているスマートフォンを落としそうになる。耳元で聞こえる緩い口調と甘く誘い出す奏良君の声に、鼓膜が溶けるんじゃないかと思った。俺は赤面したまま服をぎこちない手で仕舞い始めた。 よくこんなにポンポンと恥ずかしい言葉を言えるよなぁ…。 「嫌なわけないだろ。なんだよ、もう。酔ってるのは本当だよな?いつもより口調がふわふわしてるし」 『ワインを間違えて飲んだ気はしますが、酔っては無いですよ?』なんて、ふわふわした口調で説得力の無い事を言ってるが、酔ってる人は大体酔ってないと言うから酔ってるな。 「とりあえずさ、俺ん家来たらいいよ。明日会う予定だったし、そのまま泊まってもいいし」 『…光兎さん、いま顔が熱いですか?』 「え!?なんで分かった!?」 見られてる!?と、焦りながら辺りを見渡すが、カーテンは閉めている状態だ。 『俺、声だけで光兎さんが恥ずかしがってるんだろうなぁって分かるんです。光兎さんがその顔を見せてくれた時と声が忘れられなくて、ずっと覚えてて。俺の言葉で感情が露わになっていくのが嬉しいです』 「す、好きなんだから仕方ないだろ。…そういえば俺ん家の場所を覚えてる?前に一度だけ通っただけだと思うけど」 『光兎さんとのやりとりは全て覚えてるって言ったじゃないですか。ちゃんと分かりますよ。あとで階だけ教えてください。…それより、いいんですか?俺なんかを家に入れ込んで』 「え?なんで?何か都合が悪いことあるの?」 『自分から会いたいって言いましたけど、とりあえず俺は中学の頃から光兎さんの事を大好きなわけで。そんな俺を家に誘ってよかったんですか?我慢出来ずにキス以上の事しちゃうかもしれませんよ』 スマートフォンをスピーカーに設定し、部屋の片付けをしながら応えていると、緩やかな口調で聞き返す奏良君に片付ける手が止まった。 ………なるほど。そういうことか。てっきり明日抱かれるものだと思ってた。明日デートだけど、前日に、せ、セックスして大丈夫なのか。ダメだとか聞いた事ないけど、どういうものなのか想像出来なくて不安はある。…待て、俺はまた早とちりして。手を出すぞって言ってるだけで、そもそも抱きますよ?なんて言われて無いし。 『だって俺に抱かれたいって言ったの光兎さんですもんね?』 電話越しでも色気を纏うような笑みを浮かべているに違いないと思ってしまうほどの声色に、「あ、これは抱かれる」なんて、こんな時に察しが良くなると同時に、血が滾るみたいに身体中を駆け巡る。 いつもより強引に感じるのは、ワインの所為で酔ってるのに間違いないらしい。とにかく腹を括る時がきた。ドキドキと鳴り響く心臓の音が嫌というくらい自分でも聞こえる。やっぱり怖いけど、奏良君相手だから嫌ではない。 「俺の部屋、507号室だから」と、勇気を振り絞って少し震えた声で呟く。すると、『実はもうタクシーに乗っていて、あと五分くらいで着きます』と、奏良君は言った。 「わ、分かった。お腹とか空いてない?奏良君みたいに料理出来ないけど、冷凍食品はあるよ!」 『光兎さんを一番食べてみたいです』 「ちょっ…酔っ払い天使!止めてくれよ!俺が緊張してるの分かって言ってるならタチ悪いぞ!」 『んふふ、すみません。会えるの楽しみにしてます』 「気をつけてね」と、伝えると、『はい』という返事で電話が終わる。 …俺のこと食べたいって。比喩だと思うけど、そういう意味なのかな。まさか好き過ぎてマジの食べる方じゃないと思いたい。上級者の中でも上級者だぞ。 それに、いつもみたいに「冗談です」って笑ってくれなかった。とにかく、今から此処に奏良君が来る。奏良君も酔ってるだろうから、普段と様子が違うようにも聞こえたし。 それよりも部屋の片付け!あと、風呂場の温感ローション隠さねば!…あれ?でも抱かれるんだったら必要だよな?けど、何で持ってる?ってなるよな?…いや、うん、とりあえず奏良君に任せよう。けど、落ち着かない。落ち着けるはずがない。 「…修司さんも奏良君の状況を知ってるかな」 少しでも酔っ払い天使の攻略法が無いかと、急いで修司さんから貰った名刺を名刺ケースから取り出す。電話番号を間違えていないかチェックしながら入力して発信ボタンを押す。 まぁ、出ないか。仕事中だろうし。 一分待っても出なかった為、軽く溜息を吐きながらキャンセルボタンを押す。 何気なく部屋に飾っていた時計に目をやると、秒針がやたら早く動いているように見える。時間は待ってくれない。 俺は今から好きな人に…抱かれるのか。 そう思うと、呼吸の間隔が短くなって速まっていく。そして緊張でおかしくなりそうなくらい動いている心臓を宥めるように、心臓辺りの服をギュッと握り締めた。
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