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車が走り出すとすぐに尚樹が私の方を向く。
「何?」
「弁当もう買っといたから」
「いつもの?」
「美夜の最後の一個だったから焦ったわ」
ケラケラと尚樹が笑うと後部座席にコンビニの袋をぽいと置いた。
雪がちらつく田舎道をヘッドライトの明かりを頼りにゆるゆると走っていく。ずっとこうして二人でドライブも悪くないなと感じながらも職場から15分も走れば見慣れたワンルームのアパートにたどり着く。
いつものようにガチャリと玄関扉を開け私が靴を脱いで部屋に入るのを眺めながら、尚樹があとから入ってきた。
「ただいまー」
その声に思わず尚樹を振り返った。
「ちょっと、いま一緒に帰ってきたでしょ」
「まあね、一回言って見たかっただけ」
「何それ」
言葉ではそう返しながらも尚樹がこうやって毎日私のところへ帰ってきてくれたらどんなにいいだろうなんて、決して抱いてはいけない歪んだ気持ちが勝手に湧いてくる。
そんなこと思ってはいけない。
考えちゃいけない。
望んではいけない。
この恋は、綺麗な恋でも本物の恋でもないのだから。
「尚樹のもあっためるね」
「ありがと」
私はなんだか泣きそうになって電子レンジのなかにお弁当を入れると、くるくるまわるお弁当をただじっと眺めた。
「美夜のコートもかけとくな」
「うん」
手慣れた様子で尚樹が私のコートと一緒に自分のスーツのジャケットをクローゼットにかけるのが見えた。
ワンルームの私の部屋は、シングルベッドと炬燵と木製箪笥が一つずつあるだけの簡素な部屋だ。狭いクローゼットには私の一年分の季節の洋服が順番にずらりと並ぶ。その端っこに尚樹のスーツのジャケットが掛かっているのを見るのが私は密かに好きだった。
この瞬間だけでも尚樹と一緒に暮らしてると夢見たかったから。
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