一章

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 1  病室のアルコール臭はやけに鼻に(まと)って離れなかった。 何度も鼻を鳴らして慣れようとしたが、無意味なことだと悟って諦めている。 それよりも今は、気にかけるべきことがあった。  高空秀斗(たかそらしゅうと)は、固そうな白いベッドに仰臥(ぎょうが)する弟の飛翔(ひしょう)見遣(みや)った。 飛翔の右足は今、分厚いギプスで覆われて吊られている。  飛翔は秀斗と目が合うと、気不味そうに逸らした。 「……悪いな、兄ちゃん。 わざわざ来てもらって」  秀斗は「気にすんな」と首を振り、大抵の者が言うであろう心配を口にした。 「大丈夫なのか。 足の方は。 折れたんだろ」 「大したことじゃないよ。 会社の階段からすっ転んで、軽く折っただけだから。 退院も早いんだってさ」 「そうか」 「会社の方も、オレの復帰を待ってくれるって話だし……まあ、安静にしてるよ」
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