二章

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 4  橙色で染まる館内に、紙の捲れる音だけが際立っていた。 耳を(そばだ)てると空気中に固まった静寂の振動が鼓膜を震わせるようで、閑静なのにうるさかった。  さらり、とまた紙が捲られる。  光の輪を描く黒髪の頭頂部を晒しながら、舞花は秀斗の持ち寄った中編小説を読み耽っていた。 カウンター(そば)で長脚の椅子に腰を下ろしていた秀斗は、小説を介して真っ新な心を直視されている気分になり、どうも落ち着かなかった。  さらり、と最後の一枚が捲られる。  頁数にして五十未満。 舞花の読書速度は平均的だったが、読了までにはおよそ一時間強を要した。  舞花はふうっと吐息を漏らし、長い睫毛(まつげ)の瞼を閉じたかと思いきやしばらく動かなくなった。 まるで眠りに落ちたかのような沈静に、秀斗が声をかけようとしたそのとき。 「すごくストレートな言葉たちばかりで……こう、胸にぐさっと来ました。 それでいて、ぐらぐらっと心が激しく揺さぶられて、その、ジェットコースターに乗ってる気分になります。 すみません、私、語彙力がないんです」  瞼を開いた舞花はくしゃっと笑って口許を手で覆った。
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