三章

2/21
前へ
/131ページ
次へ
 1  “私の物語も書いてくださいませんか”  四季森舞花が望んだ、高空秀斗への願い。  彼女の真意はどうあれ、自信を喪失しかけていた小説家を目指す暗い旅路に、ぽっとカンテラの白光が灯ったのは間違いなかった。 その光は目を逸らせばすぐに消えてしまいそうで、だけど凝視すれば瞳は()かれるように痛くなる。 秀斗は右手で携えたカンテラの光を顔の横に掲げ、常にそこにあることを横目で確かめながら、一歩一歩を進んで行くことに決めた。  秀斗は久しく一念発起し、次なる小説のネタ探しを始めていた。  とはいえ体の隅々を探し回ってこびりついた汚れを刮いでも、得られる量は高が知れている。 二十二年で堆積していた小説の活動資源は既に枯渇していたのだ。  さわさわと、くすぐったそうな葉擦れの調べが頭上を覆った。 さらさらと、滑らかで清い川のせせらぎが鼓膜を柔らかに包んでいた。  秀斗がぐるりと見渡した視界に広がっているのは、そんな葉桜ときらめく清流の協奏。 この瞬間を美しく切り取れるのなら、レコードのようにいつまでも聴き入っていたくなるほどだ。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加