三章

5/21
前へ
/131ページ
次へ
 2  家に帰ってから数日、集めたネタを元に構想を練り始めた。 書きたい題材があって、その輝きを失いせしめまいと必死に縋り付く激動は久し振りで、脳内にある(ばく)とした完成作は素晴らしいものだと、そんな皮算用をしてしまうほどだった。  背中を屈めてディスプレイを睨みながら、ノートパソコンのメモ帳に単語を手当たり次第に並べる。 日がな一日ネタと格闘する秀斗を囲む居室の壁には、あの日スマホで収めた風景写真の何枚かが現像されて貼られていた。  全て『シキモリ写真館』でお願いしてもらったのだ。  スマホ写真の現像も承っているということで、応対してくれたのは英国の紳士然とした初老の男性だった。 写真館の主だと教えてくれた男性は終始物腰柔らかな対応で、淀みないバリトンの声音は同性でありながら惚れ惚れさせられた。 ものの数分とかからずに手渡された写真の束。 「またお越しくださいませ」という常套句(じょうとうく)に、秀斗は素直に従った。  気になる風景があればスマホに収め、現像し、殺風景だった壁に貼った。 今ではすっかり四方を自然の恵みで潤され、朝の目覚めも心なし爽快になっていた。
/131ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加