三章

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 3  小説を書くことはやめられない。  苦しくても、辛くても、普通という名で広げられた網目からこぼれ落ちても、自分にできるのは伝えたい言葉を綴るだけだ。  公募の締め切りは一ヶ月を切った。 新緑の葉は六月の冷たい雨に打たれて嘆き、キーボードを叩き続ける指は軋みを立てるようになった。 飛翔の近況報告が来るたびに、指の動きは熱を伴って加速した。  七月になり、太陽の灼熱が居室を蹂躙(じゅうりん)する頃。 エアコンを効かせた部屋で額に玉汗を滲ませながら、秀斗は汗で湿った指先で小さな命を『提出』した。 「──────は」  大きな空気の塊が、ぽこんと口から溢れる。 全身を纏っていた重たい鎧が脱げ、秀斗は力無く後ろに倒れた。 窓を隠す緑色のカーテンに夏の日差しが()され、ゆらめく陽だまりの中を小さな埃がきらきらと舞っていた。
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