龍の血を継ぐ敗北者

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 浦添城はとても快適な場所です。荒れ果てていた浦添城をあの男が手を加えるように命じたよう。  私と息子たち、それに首里城から付き添ってくれている真のおける女官たち。  私を排除しようとするお義母様も、どうにかして息子たちを亡き者にしようとする側室も、私を腫れ物扱いする女官たちもいない。 「母上……外に、外に行きたいのです」  首里城にいた時ならば許さなかった願い。それを今の私ならいとも簡単に許すことができます。 「自由にしていいのです。もう私は王妃ではなく、あなたも王子ではありません。母にとっては自由な朝栄(ちょうえい)を見ることができて嬉しいのです。それに、惟衡(いこう)は母に聞くことなく自由に過ごしておりますよ。兄上を見習ってください」  次男の朝栄ははい、と楽しく明るい声で元気に挨拶をすると走って離れていく。  これでよかったの。私も、息子たちにとっても。 「王妃様」 「王妃でないの。いつになったら慣れてくれるのかしら」 「……長年王妃様と呼んでいたのです。そう簡単には慣れませんよ」  幼い頃から私に仕えてくれている女官たちは何度言っても私のことを王妃と呼ぶ。慣れないとはわかっているけど、つい意地悪したくなってしまう。 「惟衡はどこに?」 「隠れてるつもりでしょうが、真仁堯樽金(まにきよたるかね)王子とお話しております」 「そう。惟衡と真仁堯王子に何もないように見張っていなさい」 「かしこまりました」  惟衡には辛い思いをたくさんさせてしまったから、もうこれ以上何も苦労してほしくない。  母として、もうこれ以上、惟衡を守れない絶望を味わいたくない。 「私が母であるから、惟衡も朝栄も苦労をしていると言うのに……」  何を浸っているのだろう。母という立場にだろうか、久方ぶりに味わう自由にだろうか。  これでは、父や母と変わらない。勝手に死んで行った、私を一人残した二人と。 「誰かいるか」  声をかけると女官が直ぐに来る。  これが私の当たり前。私の世話をする人がいて、息子たちの世話をする人もいる。私は声を出すだけで良いのです。自ら動く必要はありません。  この生活を許されているのは、なんの情も抱かない父と憎むべき男がいたから。私自身だけでは何もできません。私の体を巡る血がそれを許しております。 「真仁堯王子をこちらにお呼びして。無理に来て頂くことはない。断られたら何もするな」  何を思ったのか。これといって話したいことがあるわけではないのだが、無性に顔を見たい。会いたいのです。  首里城を抜け出して浦添城にいる兄に会いに来る、風変わりで面白い王子の顔を改めて見てみたい。首里城にいた頃はあまり会ったことがありません。顔をうまく思い出せないのです。 「失礼致します。真仁堯樽金王子をお連れ致しました」 「どうぞ、お入り下さい」  意思の強い目、その目はあの男にそっくりで、惟衡にもそっくりで。  母は違えど二人が兄弟であることを改めて実感する。 「突然お呼びしてしまって申し訳ございません」 「いいえ! 私は大丈夫なのですが……兄上が」 「ふふ、惟衡は自分も行くと言っていたのでしょう?」 「はい。王妃様と会うだけなのに兄上はなぜあんなにも心配するのか。私には不思議でたまりません」  幼い顔、小さな体には似合わない綺麗で丁寧な言葉遣い。少し舌っ足らずなのが愛らしさを足している。 「私はもう王妃でありませんよ。王妃様は真仁堯様のお母上でございましょう」 「あ、そうでした。すっかり忘れておりました」  ふとした時の砕けた言葉遣い。あぁ、そうでしたね。真仁堯様はまだ十三、惟衡より三つも幼いのです。  それなのに、真仁堯様は将来この国の王になることを、あの男の跡を継ぐことを定められている。
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