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「真仁堯様が首里城を抜け出しているのを王妃様がお知りになったら、真仁堯様だけではなく、私や惟衡、朝栄も怒られてしまいます」
「大丈夫です! 僕と同じ背丈の……あ、私と同じ背丈の男がおりまして、その者に私の代わりを頼んでおります。今までお母様に見つかったことはありません!」
「そうなのですね。ですが、私が許すとは言っておりませんよ?」
「……えっ」
僕、という言葉が出た。
私の前だと言うのに、私は真仁堯様の母を心底恨んでいるのに、政敵の前で素を出すだなんて。真仁堯様はそれほど私に、いえ、この浦添城に気を許している。惟衡がいるこの城に。
「真仁堯様をお守りできない日があるかもしれません」
「私を守る?」
「はい」
真仁堯様、この幼い王子の命を狙う不届き者はたくさんいることでしょう。
真のおける女官しかいないと思っているこの浦添城にも、私の知らない恨みを持つ者がいるやも知れません。
もし、この浦添城で真仁堯様が襲われでもしたら、死んでしまっては、惟衡と朝栄は今度こそ命を奪われます。
私の命で償えるならば良いのですが、あの側室が許すはずがない。
「真仁堯様はいつか玉座に座られるお方。わかっておられますね?」
真仁堯様に近づいて、手を握って目を真っ直ぐに見て。
真仁堯様の意思の強い目は、私の目を見ると申し訳なさそうに下を見る。
「……わかっております。兄上達ではなく、私が王になるのです。父上にも母上にもそう言われております。首里城では真仁堯樽金の名ではなく、世子と呼ばれるようになりました。わかって……います」
十三の幼子。それは皆がわかっていること。
それでも、その幼子の小さな体には数々の者の期待がのせられている。
「このように幼い子供の手をしている真仁堯様に、優しい言葉をかけることができない私をお許しください」
惟衡の手とも、朝栄の手とも違う。
まだ骨ばっておらず、肉付きの良い、ずっと触っていたくなる幼子の手。
「ですから、私はこの浦添城の主として真仁堯様をお守りせねばなりません。世子ではなく真仁堯樽金として過ごせるように」
「世子ではなく?」
「はい。ここでは次の王にと約束された世子という位ではなく、真仁堯樽金という名の惟衡と朝栄の弟として過ごしてほしいのです」
真仁堯樽金という名の王子は私が恨むべき側室の子。本来は惟衡が世子と呼ばれるべきなのを、真仁堯樽金がその位を奪った。
側室が息子ではなく娘を産んでいれば、そう思ったことは数え切れない。
真仁堯樽金が生まれたから、私たち親子はこの浦添城に隠居することになった。
「ただの真仁堯樽金として、惟衡や朝栄と過ごしてほしいのです。言葉遣いも気にしなくて良いのです、私と言い直す必要もありません。僕と言っても、何をしても、真仁堯様を咎める者はここにはおりません」
それでも、私はこの真仁堯樽金という名の王子を恨んだことはない。
恨むべき側室の血を持っていようが、惟衡の位を奪われようが、真仁堯様は何もしていない。側室の子として生を受けただけ。
それだけで恨んでは、ことを起こしては。それでは、真仁堯様が私と同じ立場になってしまう。
「それに私は元々、王様とは従兄弟なのです。従兄弟の子ならば私たちは親戚。真仁堯様の兄たちの母親というのは少し不思議かもしれませんが、どちらにしても私たちは近しい間柄なのです。近しい間柄の者が住むこの浦添城では自由にしてください」
真仁堯様の目はいつの間にか王様にも、惟衡にも似た、意思の強い目に戻っている。
「首里城の東のアザナからは浦添城が見えます。浦添城に来たいと思ったらまずは東のアザナから様子を見るのです。そうですね……黄色の紅型の日は来ても大丈夫ですが、青色の紅型の日は来ては行けません。良いですか?」
「はい! 黄色の日は大丈夫で青色の日はだめ。わかりました! 毎日東のアザナから浦添城を見ますね!」
可愛らしい真仁堯樽金王子。
誰も邪魔することなく、惟衡と朝栄が、この可愛らしい弟と仲良くできるよう。誰もこの兄弟の仲を引き裂かぬよう。力のない私は祈ることしかできません。
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