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バーを営んでいるといろんな客が来る。
特に雨の日は訳アリの客が多い。
締め切りに追われた作家が息抜きに来たり、いかにもパパ活です、みたいな二人組が来たり、疲れただらしないサラリーマンが来たり。本当に色々だ。
雨で姿が見えていないと思っているのか、光が見えないから、温もりが欲しいから来ているのか。
理由は知らない。知る必要もないし、バーテンダーには関係がない。
その人の様子を見て、それに合わせたカクテルや、注文されたものを出すだけだ。基本的には客の事情に深入りすることも、会話することもない。
ただ、彼らの身なりでどういうやつか、大体は分かる。それに、必要なのは、この場所とそれぞれの物語に花を添えるための酒だ。
バーテンダーは所詮、花を添える機械に過ぎない。
ただ、例外はある。花を添えるための機械ではなく、バーテンダーという人間と酒を呑みながら話したいという人間だ。
確か三人、いや、四人いたかな。
「マスター、手が止まっているけど大丈夫?」
そう声をかけてきたこいつは、例外の一人。自称作家の綾野風里。ストレートヘアの茶髪で、いつも男みたいな恰好をしている。
しかも、かなりの酒豪でカウンターの隅で、酔いつぶれていることが多いから名前まで覚えている。ついでに、常連の一人だ。それ以上は本人の名誉のために言わないでおこう。
「嗚呼、気にすんな、ちょっと思い出しただけだよ」
あー、あの二人のこと? 察しよく思いつくあたり、こいつの腹が立つところだ。人の感情も全てわかっている癖に、普通に会話しようとしてくる。本当にたちが悪い。
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