26人が本棚に入れています
本棚に追加
四話 忠誠の蜜は騎士を蝕む
やがて彼らは、アカシアの蜜が尽き、他の花の蜜や肉を口にすると、嘔吐を繰り返すようになった。
なにより、どの蜜も肉も悪臭を放って感じられ、目にするのも嫌になるほどの嫌悪感が湧いた。あの蜜を口にしてから、それ以外の食事をいっさい体が受け付けなくなってしまい、老いた者たちが恐れていた事態が起きる。
だか、頭の中でずっとミアの声を聞いていたルーは彼らがいずれ、蜜に飢えその状態に陥ることを予想していた。
「蜜が……あの蜜がなければ死ぬ」
「ミア様の蜜しか体が受け入れない」
「カリンダ女王様のためにも、我々は南へと移住すべきだ」
円卓の集まった騎士たちは口々にそう言った。カリンダ女王はまだ子供を生む年齢ではなく、彼女が逝去すればこの国に生きる者たちは、いずれ散り散りになり滅びていくのみ。
「行こう、南の聖地へ。女神ミアは俺たちが来るのを待っている。蜜の女王カリンダ様とともにアカシアの地を安住の都とする」
ルーの一声で、彼らは沸き立った。そしてようやく『はじめの騎士』は彼女の元へと多くの民を引き連れて帰還することができる。
ようやく歩けるようになったカリンダ女王を抱き抱えた侍女と、騎士団はと民は列をなして南の聖地へと向かった。
恐ろしい外敵から隠れ、時には戦い棘の道へとやってくる。
そして一本の若い木の前にはルーのマントを身に着けた、全裸の美しい娘が微笑んで彼らが来るのを歓迎した。
『おかえり、ルー。そしてわたしの奴隷さんたち』
✤✤✤
女神の声は『はじめの騎士』であるルーにしか耳に届かず、彼は騎士から、女神の声を聞居て民へ伝える巫騎士という神聖な位についた。
蜜の女王カリンダは、女神ミアのもとアカシアの木を新たな南の聖地とし、民と彼女のためにエラノラの騎士とブリンダビアの騎士の子供を産んだ。
騎士たちは、巫騎士ルーの指揮のもと外敵からアカシアの木を護り、その恩恵として聖なる樹液を与えられた。
生まれた子供たちが最初に口にするのは神聖な女神ミアの蜜で、それ以外の食事を見ることも無ければ、取ることも出来なかった。
このループに陥った彼らは、永遠にアカシアの虜となる。
「ミア……愛してる、ミア……」
『わたしも、ルー。あなたがわたしを見つけなければお母さまのように枯れていたでしょう』
棘のついたアカシアの玉座に、ルーのマントを羽織った美しく成長したミアが座っていた。彼女の足元には縋り付くようにルーが恍惚とした表情で彼女を見上げていた。
巫騎士のルーがふたりきりの時にだけ彼女に見せる姿で、愛しげにミアは彼の頬を撫でた。
彼の顎にはぽつぽつと白髪混じりの髭が生え始めている。
『愛してる、ルー』
そして、ミアは彼に口づけた。
彼だけが唯一許された口移しの蜜を貪ると、どうしようもない幸福感に包まれ、蝕まれていくのを感じた。
忠誠の蜜は騎士を蝕む 完
最初のコメントを投稿しよう!