雨という二人舞台に雪の雫を

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 男は私をカウンター席に座らせ自分も横に座った。この席もいつも二人で来ると座っていた、私たちの特等席だった。 「なんか飲むか? 今夜ならタダで飲ましてやるけど」  と普段タダ酒反対派のマスターが珍しくそう言った。 「お、マスター太っ腹だね」  男はマスターが普段それを言わないのを分かっていていじっていた。昔よく見たマスターと男のふざけた言い合いが懐かしくどこか切なかった。  結局、男は私にコロネーションを、自分はマスターのおすすめを注文した。  コロネーションのカクテル言葉は確か『あなたを知りたい』だったような気がする。何も覚えていないくせに私に対して興味はあるらしい。  そういえば、この人は何か知りたいことがあるたびに、このカクテルを注文して相手に飲ませていた気がする。相変わらずだなと呆れつつ少し嬉しかった。  恐らく、私のことを知りたいと思うくらいには気になるのだろうが、あえて教えてやらずに記憶喪失の振りをした。後々その方が都合がいいのと嫌がらせだった。  男が何か言いかけたところで酒を置くマスターは本当に間が良い。女好きのせいで不評を買いがちだが、それさえやめればモテるのではないか、とよく思っていたが、言ったところでやめないのは目に見えているのであえて言わなかった。
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