雨という二人舞台に雪の雫を

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 私の方にはコロネーションを男の方には見慣れない酒を置いていた。多分カクテルなのだろうがブランデーのような色をしていて見たことはあるような気がしたが、思い出せなかった。男も同じだったようで、マスターに尋ねていた。 「スティンガーだよ。ブランデーをベースにしたカクテルでバーテンダーの腕が問われるカクテルだ」  嗚呼、スティンガーか。思い出せずモヤモヤしていたものが晴れた。 スティンガーのカクテル言葉は『危険な香り』、なるほど、マスターには私の正体がばれたようだ。カクテルで警告を促すということは正体をばらすつもりはないらしい。  ただ、男は警告に気が付いていないみたいだよマスター、と思いつつ昔と変わらないやり取りをする二人に困惑するふりをしながら、目の前に置かれた酒を一口飲んだ。懐かしさと美味しさで思わずほおが緩み、その様子を見ていた男も少し微笑んでいた。  その後もくだらない談笑を繰り広げていたが、べろべろに酔っていた男が一瞬真顔になりスノードロップの花言葉知っているかと尋ねてきた。知っていたがあえて知らないと答えるとそっかぁと笑いながら話し始めた。 「スノードロップの花言葉ってぇ、『希望』なんだってぇ」 「はぁ、『希望』、ですか」  一瞬、付き合っていた時のことを思い出しかけたが意識してそれを外に追いやった。この男が酔うとどうも厄介なのも変わらないらしい。 「むかしぃ、付き合ってた子におしえてもらっらのぉ」  正直、頭が痛かった。その付き合ってた子、今、貴方の目の前にいるのだけれど。そう思っても、今言う訳にはいかなかった。何故別れたのか知りたかったから。 「へえ、過去形ってことは分かれちゃったんですか? 」  男は一瞬言葉に詰まり黙ってしまったが呟くように語り始めた。  それは、私の知らない話で愛されていたのだなと思うのと同時にどうして頼ってくれなかったのだという思いが複雑に絡み合っていった。男はひとしきり語り終えると電池が切れたように眠ってしまい、私は居づらくなりお金を置いて店を出ると意識が途切れた。
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