雨という二人舞台に雪の雫を

8/10
前へ
/10ページ
次へ
 それから、何故か私は毎回バーの前で意識か覚醒するようになった。それも夜だけ。ただ、決まって男と別れると意識が途切れるようになった。  ある日、またいつものようにバーの前で覚醒した。だが、どこか様子が変だった。不思議に思って階段を駆け上がると外は明るかった。  意味がわからなくなって来た道を戻りバーの中に入ると、マスターは珍しくカウンター席に座っていた。 「いらっしゃい、来ると思っていたよ。いや、僕が呼んだのだからそれもおかしいかな」 「何故……私の正体を本当の意味で見抜いていたの? 」  まあね、とマスターは笑い私に座るよう促した。驚きながら座るとマスターはレターセットとペンをいきなり私に差し出した。何がしたいのかわからず首をひねると静かにこういった。 「君が何をしようとしているのか知ったこっちゃないんだけどね」  と言い、さらに続けてこう言った。 「ただ、何も知らないままでいるより、ちゃんと教えてあげてからのほうが良いんじゃないかと思って」  だから本人が手紙を書いてみたらどうだろうと思ってね、と苦笑いしていた。 「マスターって結構お節介ですよね」 「はは、そういうところは変わらないね」  その返しに思わず微笑みながらマスターが差し出したレターセットとペンを受け取った。便箋には綺麗なスノードロップの絵が描かれており、まるで、希望ともう一つの花言葉を示しているようだった。  手紙に記憶喪失であると嘘をついたことへの謝罪と自分と過去に付き合っていたこと、あの日あの場所にいたことについて、自分の正体、それに関連して立ち去らねばならないことを綴った。最後に愛しているという本気のようで心にはない言葉を添え封筒に入れマスターに預けたところで意識が途切れた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加