2281人が本棚に入れています
本棚に追加
「なんだ、久美ちゃんも買ってきたのか」
スーツからラフな格好に着替えた文也が、昼飲みに参加する。
「私たち、趣味が合いますねぇー!」なんて言いながら、文也と乾杯をしている久美も、元の表情に戻っていた。
おかしくなりかけていた空気が、文也によってすっかり和んだんだ。
「普通さ、仕事が早く終わったら、普段できないようなことしない?たまに1人になって息抜きしたりとか、パチンコしたりとか。それなのになにこれ」
肩を寄せ合う私たち夫婦に、翔子が絡み始める。
「まぁまぁ、翔子も不倫してるんだからいいじゃん!」
「えっ…不倫!?」
文也が慌てたように、腰を浮かせる。
「私だって、まだまだ女でいたいんで。妻である前に、母である前に、1人の女なの」
「なにその臭いセリフ。それなら結婚する意味なんてなくない?文也さんはどう思いますか?」
グッと詰め寄ってくる久美に「参ったな」と頭をかく。
けれど文也は私の肩を抱き寄せると、言ったんだ。
「俺は妻がいれば、それで充分なんで」
私の友人たちの前でも、恥ずかしがることなく言い切る夫に「ありがとう」と小声で囁く。
呆れたようにワインを注ぎ足す翔子とは裏腹に、久美は私たちを真剣な目で見ている。
その瞳に、わずかながらの『棘』を感じた。
「…久美?」
「──っ!」
いきなり立ち上がると、走って出て行く。
最初のコメントを投稿しよう!