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文也、助けて…。
私は壁伝いに這い上がると、文也に電話をかけた。
もう、意識がなくなる。
早くしないと気を失って、野蛮な男たちの餌食となってしまう。
だからお願い、早く出てっ!
よろよろと前に進んでいると、とうとう幻聴まで聞こえてきた。
夢なのか現実なのか、もう区別がつかない。
それでもどこかから、音が聞こえる。
これは──スマホの着信音。
それも、よく知っている音だ。
この音楽は、私と文也が初めて観た映画のテーマソング。
「瑞穂だけは特別だから」と『妻』の私専用にしている。
それがなぜ『ここ』で聞こえるの?
なんとか神経を集中させ、一旦切ってまた掛けてみる──。
やっぱり聞こえてくる。
この角を曲がった先から…。
「あぁっ」
立っていられず、床に突っ伏してしまった。
もう少しなのに、もう少しで文也の元に──。
薄れいく意識の中、文也がここにいる理由を考える。
ここは、人妻を蹂躙する悪魔のような巣窟。
だからやっぱり、文也は居ないんだ…。
私の愛する夫は、こんなところに居るはずがない。
なぜなら、夫は私だけのことを愛してくれているから。
助けてほしいけど、ここは自力で抜け出さないといけない。
歯を食いしばって立ちあがろうとした私の視界に、誰かの足が入り込む。
「──瑞穂?」
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