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「文也、起きて」
私はベッドに浅く腰をかけ、夫の肩を揺すった。
けれどこの程度では起きないことは、百も承知だ。
連日の接待で帰りが遅く、文也はアルコールにも弱いが、それでなくても異様に寝起きが悪い。妻としての大仕事はまず、夫を起こすことから始まる。
とはいっても、細かい朝の支度は終えてあって…。
「早く、もう起きる時間よ」
揺さぶりを次第に大きくしていく。
「ううっ…」
「朝ごはん、できてるわよ。お味噌汁、文也の好きなシジミにしたから」
「…あぁ」と言ったきり、動かなくなった。
こうなれば、最後の手段しかない。
立ち上がった私は「起ーきーろっ!」と言いながら、眠っている夫にダイブする──。
「えっ!?」
ガバッと、いきなり向きを変えた文也に抱きつかれてしまった。
そのままギュッと、しがみついてくるではないか。
「やだ、もう!」
「いいじゃん、ちょっとくらい」
甘えた声を出し、頬擦りしてくる33歳。
これが、まさか製薬会社の営業セールストップだと誰も思わないだろう。
「ホントに間に合わなくなるからっ」
「おはようのキスは?なんならセックスでもいいけど?」
「お義母さんに聞こえちゃうでしょ!?」
「あぁ、それ言う?萎えたじゃん」
「それは残念でした。ほら、早く!」
ようやく甘えん坊の夫を起こすことに、成功した。
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