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文也を見送り、すぐに掃除と洗濯に取りかかる。
姑が習い事に忙しいのは、嫁である私と顔を突き合わせるのを避けるためだろう。
程よい距離感を気遣ってくれるのは、有り難い。
しかし、越してきたばかりの4LDKを埃ひとつ残さずに拭き取るには、午前中いっぱいかかってしまう。
「あぁ、疲れた」
とはいえ、看護師時代の激務に比べれば天国のようなものだ。
まさか私が専業主婦になるとは──。
はっきりとした理由はないけど、なんとなく世話好きな性格を自覚していて、看護師になると決めた。
無我夢中で走り続け、気づけば中堅となる。
駆け出しだという言い訳も通じない、かといってキャリアを上がるわけでもない、宙ぶらりんな位置づけ。
慢性的な人手不足や、患者とのトラブル、上司との軋轢で、私は30歳を前に精神的に追い詰められていく。
セクハラや排泄処理に追われ、身なりを構う余裕もなかった頃──事故で入院をしてきた『谷口文也』を担当したのが私だった。
イケメンな患者と恋に落ちて玉の輿、なんていうのは漫画かドラマの世界だと思っていたのに、文也はすぐに私の苦悩を感じ取ってくれたんだ。
退院してもデートを重ね「僕だけを介抱してほしい」と、地獄から救い出してくれた夫を、私は全力でサポートする。
それが妻としての、私の役目だから。
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