瞼で返事をするまで

5/14
前へ
/668ページ
次へ
ただ、色んな悲しみや苦しみが時間とともに薄れていくように、ずっとてっぺんで怒り続けることは不可能だった。 時折、得も言われぬ怒りが湧き起こってくるものの、長くは続かない。疲れてしまうからだ。 それよりは、この緩やかな時間の流れに身を任せたほうが、気が楽なのか…? やがて子どもが生まれたら、怒っている暇もないかもしれない。 「さ、触ってもいい?」 いつも遠慮がちに尋ねてくる文也がなんだか哀れで、私は黙って頷いた。 私たちがどんな関係であろうが、私が文也への愛情を失っていようが、この子は私たちの子なんだ。 世の中の夫婦が、子どもがいるから離婚できないという気持ちが、少しだけ分かったような気がする。 そうやってまた、許す許さないに関わらず、新しい形で夫婦が出来上がっていくのか。 「俺、育休を取るよ」 赤ん坊の服やオモチャを、今から馬鹿みたいに買い込んでくる、かつて不倫をしていた夫。そんなもので私の信頼は取り戻せないけれど、良いパパになろうとしている姿は、見ていて悪い気はしない。 この人は、良いお父さんになるだろう。 私も、良いお母さんになる自信はある。 それなら、良い妻には? ううん、もう良妻になる必要はないんじゃないか? 逆に肩の力を抜けば、うまくやっていける?
/668ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2370人が本棚に入れています
本棚に追加