瞼で返事をするまで

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珍しく土曜日は仕事だという文也を、送り出す。 「行ってきます」と、私の頬ではなく、屈んでお腹に頬擦りをする。 それが朝の恒例となっていた。 姑と手分けをして掃除をし、冷麦でさらっとお昼をすませると──。 「瑞穂さん」 姑が居住まいを正すので、私も背筋を伸ばす。 「本当に、帰ってきてくれてありがとう」 「なんですか、改まって」 「文也も私も、あなたじゃなきゃダメなの。あの子ももう馬鹿なことはしないはずだから、これからも末永くよろしくね」 「そんな、こちらこそよろしくお願いします」 お互い他人行儀に頭を下げると、2人で笑い合う。 姑が自室に行ったので、私もソファの上でうとうとと微睡む。 しっかりと、下腹部に生命が宿っていることを感じながら。 最近、何度となくお腹を蹴られることがあり、その度に不思議な感覚になる。あぁ、私は本当にお母さんになるのだと。そしてこの子のためにも、この家での環境が不可欠になる。 いくら私が文也を許せなかったとしても、この子には父親が必要だ──。 電話が鳴っている。 寝起きの気怠い体を起こし、受話器を取った。 『谷口文也さんのお宅でしょうか?』 「はい」 堅苦しい声に、首を傾げる。 『実は、文也さんが事故に遭いまして』 「えっ、事故?」 『今すぐこちらに来て頂けますか?』 「夫の怪我は?大丈夫なんですか!?」 『それが…』と、なぜか電話の相手は言葉を濁す。
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