瞼で返事をするまで

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病院に向かう間も、さっきの言葉が頭から離れない。 『お連れの女性が──』と言った。 連れの女と一緒に事故に遭ったのだと。  どういうことだろう? 取引先の女性か、それとも部下か?部下の女といえば、瀬戸綾香のことを思い出す。文也との子どもを死産した不倫相手だ。 まさか──? いや、そんな暇はないはずだ。 文也は定時に帰ってきていたし、土日も出かけない。 心を入れ換えると誓ったのだし、私を裏切っているはずは──。 「文也っ!」 久しぶりに夫の名を呼んだのは、集中治療室だった。 全身が包帯に巻かれていて、それが本当に文也なのか私でも分からない。顔もほとんど見えておらず、いくつものチューブに繋がれた姿は痛々しいのを通り過ぎて、滑稽にも見える。 予断は許さないが、とりあえず手術は成功したという。 警察の説明によると、文也が乗った車がガードレールを突き破り、崖を転がり落ちた。運転していた文也は意識不明の重体で、助手席に乗っていた──瀬戸綾香は死亡したという。 目撃者によると、車は急に方向転換して一直線に飛んでいった。 まるで、心中するみたいだったと…。 2人の関係を聞かれたが、上司と部下だと言うにとどめたのは、別に亡くなった綾香の名誉のためじゃない。 この子に、生まれる前から不憫な思いをさせるわけにはいかないからだ。
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