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しかし、私に襲いかかったのは事故だけじゃない。
「ふ、文也っ…」
ただ呼吸をするだけの息子を目にした姑は、一度だけ名前を呼ぶ。
そしてそれが、トリガーとなった。
「お父さん、起きてちょうだい!」
そう言って文也を揺さぶり起こす。
「お義母さん!?」
「お父さんがっ、お父さんが死んでしまう!」
「お義母さん、しっかりして下さい!」
私が肩をおさえて引き剥がそうとすると、姑が振り返る。
その目に浮かぶのは、怯えだ。
これまでは、痴呆が義母を侵していても、私のことは認識していたのに──。
「どちら様?」
「えっ…」
「あなたまさか…」
「お義母さん?」
「あなたね?あなたがうちの人をこんな目に遭わせたのね!?」
見る見るうちに姑の顔が歪んでいく。
「お義母さん、私です。瑞穂です。文也さんの──」
「あの人を返しなさい!」
いきなり殴りかかってくる姑から、お腹だけを守る。
慌てて看護師たちが押さえ込んでくれたが「この売女っ!」と、鬼の形相で喚き散らす姑は、もう私のことを思い出すことはないだろう。
過去の苦い記憶に、上書きされてしまったんだ。
突然のことが重なり、目の前が真っ暗で…わずかにお腹に痛みが走った。
呼吸を整え、姑が詰(なじ)る声から遠ざかる。
とりあえず何も聞こえないところまで──。
けれど、悪いことは重なってしまう。
笑ってしまうほどに…。
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