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「いや、瑞穂は来ていないよ」
義父の田坂篤郎が、玄関先で首を振る。
「また夫婦喧嘩かい?元気がいいね」と。
「それが昨日から連絡が取れなくて…」
「瑞穂が家を出るわけがあるんだろう?それが分かってるなら、そんなに慌てることも──」
「いや、俺が悪いんです!俺のせいで瑞穂が…」
痛々しげな表情を作り、悲壮感を全面に出す。
ただ闇雲に探すだけじゃなく、義父に取り入っておくのも忘れない。嫁にとって姑が大きな存在のように、この義父を味方につけておけば…。
「夫婦のことは夫婦で話し合いなさい。ただ、あんまり娘を悲しませないでくれよ」
優しく垂れ下がった目の奥だけは、笑っていない。
思惑が外れたような気がして、すぐに田坂家を出た。
もし瑞穂が来たら、連絡をもらうように念を押して。
一体、どこに行ったのだろう?
俺の不倫を知って、家を出て行ったのは間違いない。
ずっとスマホが繋がらないのは、拒絶の表れだ。
ビジネスホテルにでも泊まっているのか?
けれど、いつかは帰ってくる。
ちゃんと話し合わないといけないし、まさかこのまま離婚届を突きつけるようなことは、瑞穂はしないはず。
しばらくは様子を見るしかないか…。
この間に、うまく事態を丸くおさめる手を考えよう。
離婚を回避する策を。
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