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思い出
今週いっぱいで俺はこの家を出る。
幼少期からずっと母と共に過ごしてきた家。
思い出の詰まっている家。
専門学校に通うため一人暮らしをする為だ。
本当は母を残して行きたくないが、どうしても自分が納得出来る学校が遠く、仕方がないと判断した。
母に心配をかけさせたくなくて…
勉強も頑張っていい大学に出て…
母を安心させないと…
なんてアバウトな考えを持っていたけど、今こうして夢を見つけられたのも母のお陰だ。
お陰…と言う言い方は母が今ここに居るから言えることだが。
実は高校二年の時母がとうとう過労の末倒れてしまった。
俺が幼少の頃よく母が飲んでいた物が祟ったらしい。
「これを飲まないと体動かないわ。体力の前借りなの分かってるんだけどねー」
と良く液体を大量に摂取していた。
それがまずかったらしい。
いくら飲み物で誤魔化していても体は正直とはよく言ったものだ。
それに昔と違って格段に歳をとってきているのだからなおさらこたえたらしい。
「体力だけは自信があるから大丈夫。すぐよくなる」
と言って本当に入院生活一週間で復活を遂げたのには先生も驚いていたな。
でも、俺はこれがきっかけで夢を見つけたんだ。
いくら強くて体力に自信のある母でもいつかは老いく。
その時に俺以外誰が母を支える?
俺以外に居ないという現実を母が入院した時に思い知らされた。
もちろん未成年だったし、できることといったら普段からなんだかんだで手伝っていた家事をし、母の荷物の準備などをしたくらいだ。
後のことは大人に任せなさいと看護師さんに言われ、俺はできるだけのことをした。
それでも「無力だな」と痛感。
今回は母が色々教えてくれて、すぐに元気になってくれたからよかったものの、これがもし母の力を借りることができなくなったら?
母のことは誰が看る?
俺にできることは…
沢山沢山考えた結果だ。
「お!?懐かしい!うわーこんな時期もあったんだねー!」
引越しの片付けの手伝いをしている母の手がしょっちゅう止まる。
母は母でこの際だから昔の物を整理したいと断捨離をしだした。
が、すべてに思い出が詰まっていて…
全てに意味が込められているので中々捨てる物の箱がいっぱいにならない。
整理どころではなさそうだ。
「母さん…そんな調子じゃ終わらないよ…俺。あらかた片付いたから…なんかできることある?」
私物は元々少ない方なのですぐに片付けることができた。
が、母の私物は俺の思い出の物ばかりで中々片付かないらしい。
「適当に綺麗に整頓してくれれば助かるわ!いいじゃない!中々こうやって荷物ひっくり返して見ることもないんだし!まさかあんたが赤ん坊の時に来ていた服が出てくるとか思わなかったわ。本当にあの頃が懐かしいわー」
そう言う母の顔はとても柔らかく、でも寂しさが混じっていた。
すぅーーーーーーーーーっ
「はぁーーーーー…やっぱり…匂いなんて残ってないか!古臭い匂いだけだわ」
と笑い転げていた。
久しぶりに聴いたな…
母の匂いを嗅ぐ音。
そういえばもう思い出せないくらい長い間匂い嗅がれてないな。
本当にあの頃が懐かしい。
本当に子供だったなと思う。
「あの頃はしょっちゅう匂い嗅がれててかなりうざかった」
つい心の声が言葉に出てしまった。
「失礼だな!私の唯一の楽しみであり、元気の源だったんだぞ!今じゃー昔の匂いちっともしないだろうね!」
さすがに大人になった俺の匂いを嗅ぐのはためらうらしい。
「あーあ!ずっと子供のままだったらよかったのに!こーーんなにでかくなっちゃって!気づけば一人暮らしだってよ一丁前にさ!」
と頭をぐりぐり撫でられながら愛おしそうに微笑む。
歳をとっても母は母なんだなと思った。
俺が小さい頃からちっとも変わっていない。
「そういうのやめろ。まじで。いい大人なんだからさ。少しは手加減しろよ」
母の手を払い除けつつ、手早く散らかっている昔の思い出たちを綺麗に整頓する。
「もうすぐであんたの居ない生活が始まるのか…まっ元気でやってくれりゃーそれでいいわ!たまには帰ってこいよ!?」
と言いつつ俺のまとめた思い出の品達を丁寧になおす母親の姿は昔よりも小さく見えた。
「ああ。帰ってくるよ。母さんも元気でな。帰ってきたら上手い飯作ってくれよ」
「たらふくくわせてやんよ!頑張れよ!私の自慢の息子なんだから!自信持ちな!」
バシン!
背中を強く叩かれ、すっかり綺麗になった俺の部屋を後にした。
ちょっと寂しいが…
いつでも俺が帰って来れるようにと部屋にベッドやちょっとした物だけは置いてくれた母の優しさが心に染みる。
ここを離れても、母の中で俺はここに居続けてもいいのだと言ってくれているようだった。
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