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報告
一人暮らしを初めて勉強もバイトも順調にこなしていく日々が続いた。
もちろん順調とは言っているが苦しいこともあるし、挫けそうになることだってある。
下手したらメンタルがやられて死んでしまいたい…
なんて最低なことを考えてしまう時だって。
でもそういう時、ドンピシャのタイミングで母から連絡が来るのだ。
やっぱり俺だって寂しいと思うこと、母のところに戻りたいなと甘ったれたことを思ってしまうこともある。
色々苦労を乗り越え、なんとか専門学校卒業間近というところまでたどり着いた。
目標にしている仕事に就く予定で、これからもまだまだ勉強詰め。
加えて仕事を覚えなければならない。
今はこれから訪れるさらなる苦難の前のちょっとした休暇。
たまにはしっかり休もうと思い、母に報告も兼ねて連絡を取る。
相変わらず母は騒がしい。
「今度いつ帰ってくんの?わかってるなら早めに連絡してよ?あんたの好きなもん沢山作って待っとくから!どうせまたろくなもんしか食ってないんだろ!?体が一番なんだからね!荷物そっちに送ったからちゃんと忘れずに受け取ること」
母からの連絡はいつもこんな感じ。
正直とてもありがたい。
甘えているのは分かっている。
分かっているのだが、母がいるおかげで頑張れているところもある。
「わかった。ありがとな。本当に助かる。あっそうだ…実は…今度帰る時…」
「いらっしゃーーい!まぁまぁこんな遠くまでよく来たね!ささっあがりな !」
俺は少し緊張しながら家に入った。
母は…
全然普段通りすぎて緊張しているのも馬鹿馬鹿しくなるくらい普通だ。
「あっあのっ初めましてっ」
「いいのいいのっそういうの!息子から話はたっぷり聞いてるから!まさかあんたがね!もっと早くに教えてくれりゃーよかったのに!心配して損した!さっあがったあがった!いい家じゃないけどゆっくりね!」
俺の隣にいる彼女が挨拶をするのを妨げ、俺と彼女の腕を引っ張る。
そう。
今日は俺の彼女を母に紹介する日。
特別な日とかそういうのではない。
ただ色々落ち着いて、これからのことを含めて報告しないとと思っていた所に彼女から「お母さんにそろそろ挨拶を…」と言われたのでこの日になった。
「ここに座りな。ちょっと待っててね?お茶入れてくる」
「おっお手伝いしますっ」
「ふふっいいのいいの!子供たちが帰ってきたんだからくつろぎなさい」
彼女が立ち上がろうとするのを阻止し、既に自分の子供扱いしている母に「いや。まだ早いから」とツッコミをいれてしまった。
「まだ早いって言ってもあんた達ちゃんと将来のことも考えてるんでしょ?話を聞いている限り中途半端には聞こえなかったけどね?」
と笑いながらお茶やお菓子を机に置く母は本当に楽しそうだ。
「あの…えっと…」
「緊張するわな。まー緊張しなくてもいいんだけどね?私に緊張するだけ無駄無駄っほらほら飲んで食べな?」
母がいれてくれたお茶とお菓子をゆっくり食べながら俺から色々話をした。
もちろん彼女の事や仕事のこと…
これからのことたくさんたくさん話した。
「あんた…こっちに戻ってきてっていっても…いい病院なんて無いでしょうが…」
「あるよ。母さんがあの日倒れたじゃん。過労でさ。その病院で働こうと思う」
そう。
俺の夢は医者になること…
だったんだけど、ちょっとハードルが高く難しかったため看護師にしたのだ。
あの時母を救ってくれた先生や看護師さん達のことを俺は忘れたことがない。
未成年でなんの力もないたった二人きりの俺たちを支えてくれたあの人たちのことを…
頼もしかった。
俺もあんなふうになりたいと思った。
「ちょうど募集してたんだ。もう面接も終わらせた。彼女も俺と同じところを受けたらしい。偶然、な?」
「はい。実は私も小さい頃父を亡くしまして…その後も数年前に母を亡くしました。あの病院にとてもお世話になったんです。それだけじゃなくて…私が小さい頃もすごくお世話になったんです。名前も覚えられて顔見知りなくらいで…だから私も一緒のところで頑張ろうって」
彼女と俺の目標が一致。
他にも色々意気投合して今に至る。
「なんだい。しっかりしているじゃないか。また私を理由にこっちに帰ってくるーなんてほざいたら引っぱたくところだったよ」
とお茶を啜りながら母が本気の目でこちらを睨んだ。
「2人でなら頑張れるさ。よくここまでがんばったね。お嬢ちゃん名前は…えっとかなえさんか…素敵な夢を追いかけてほしいとかそんな理由でつけたのかね?わからんが…今のあんたさんにぴったりの名前だね…かなとあんたと名前がそっくりなのも偶然かね?素敵な夢や目標に出会えたんだね。本当に感謝感謝」
そういう母の顔は今までにないくらい穏やかだった。
「で、だ。合格発表まだなのに報告とはまた早いね?」
「いやいや。その報告にも来たんだって。っていうか母さんそういうところ鈍いよな…今まで話しててなんにも思わないのかよ…合格してないのに一緒に頑張ろうなんて言わないだろ」
「なんだい!採用されたのかね!」
母はバン!と机を叩き身を乗り出した。
「さっきからそのつもりで話をしてたんだよ。俺たち来年からあの病院で頑張ることになった。家はできるならかなえと一緒に住むつもり」
「次から次に…色々決めての報告だったんだね?嬉しいことだらけだね…かなえさんに会えるし、夢に一歩近づいたし…さて!今日はお祝いだ!美味いもん頼んどいたからじゃんじゃん食べな!」
そういい、 準備を始めるために立ち上がる母にかなえも立ち上がる。
「お母さん…って呼んでいいですか?初対面なのに図々しいの分かってるんですけど…私…1人ですし…お母さんの話を聞いて…もっと仲良くなりたいって思いました。私もお手伝いしますので…色々お話聞かせてください」
かなえの言葉に目をまんまるくし、驚いている母。
まさかの申し出に固まっている。
「ははっこりゃ参った!私こそ勝手に娘なんて思ってしまってすまんかったね!私の息子が連れてきたんならあんたは最初っから私の娘さ!おいで?たんと話をしようじゃないかっあいつの面白い話ならたくさんあるぞ」
そう言いながら2人して笑って台所に消えていった。
「頼むからあんまり恥ずかしい話しないでくれよ…」
とぼやきつつも俺は嬉しく思った。
まさかこんなに早く2人が仲良くなってくれるとは思っていなかったから。
性格もかなえはあぁいう喋り方だが、俺といる時は母にそっくりだ。
きっと母とも意気投合するだろう。
これからはこっちに戻ってくるので3人で楽しく過ごすことができる。
そう思うとこれからが楽しみだ。
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