突然やってくる

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突然やってくる

子供も成長し、家事も育児も仕事もとてもとても大変だし忙しいが充実した毎日を過ごしている。 子供は言う事聞かないし… いたずらっ子だし… ママっ子でママから離れようものなら泣き叫ぶ。 「お前…男だろ…」 と呟いたのは数え切れないほど。 小さい頃は男も女も関係なく本当に甘えん坊でわがまま。 保育園に送迎に行けば皆同じ。 でも本当に可愛くて愛しい。 この時間はいつまでも続く訳では無い。 母から言われていることだ。 今は本当に大変できついが、子供はあっという間に成長する。 今を大切に。 息子を母のところに連れて行くたんびに言われる。 あと仕事ばかりしているなと。 子供はもちろんだが嫁も大切にしろと。 子供を産んでから暫くは安静に。 その後も産前のように元気な訳ではなくなること。 体もなんだかんだボロボロであること。 嫁さんは絶対に弱音を吐かないはず。 あんたが気づいてやれ。 と口酸っぱく言われる。 肝に銘じて、仕事よりも家族を大切に。 でも稼がないわけにもいかないのでそこは考えて上手く調整している所だ。 そんなこんなで母から常にアドバイスを受けながら…いや…アドバイスじゃない…指導されながら家事も育児も嫁と協力している。 そんな日々の中いずれは訪れるであろう日がやって来てしまったのだ…… 「お母様が倒れまして…すぐに病院に…」 電話越しから聞こえる小さな声。 病院からだ。 緊急連絡先は俺の携帯。 知らない番号から電話があり出てみればいきなりこれだ… 信じられると思うか? あの力強く逞しく俺たちの前で元気にしていた母が倒れた。 嘘だと思った。 エイプリルフールは過ぎたぞ。 なんの冗談だと。 目に見えないものは信じないとはこういうことを言うのだろう。 見るまでは信じられなかった。 電話で教えられた病院にかけつける。 俺たちが働いている病院のすぐ近くだった。 「あの!こちらに来るように言われたのですが!!」 受付の人と話をし、看護師に引き継がれた。 案内されたのは集中治療室。 扉を開けてもらい中にはいる。 沢山の管に繋がれている母。 ついこの間まで普通に話していたのに。 ついこの間息子を連れて一緒に遊んでいたのに… 「嘘だろ…母さん!!!!」 「お義母さん!!!!!!」 俺の声と重なるように嫁が来た。 嫁はかけよって母の手を握る。 「目を覚ましてくださいお義母さん!!いやっいやです!」 涙を流しながら必死に声をかけている。 それでも目を覚まさない。 先生からその場で話を聞くことになった。 頭の中の血管が破裂したようだ。 頭痛に相当悩まれていたのでは?と言われたが全然そんな素振りは全然見せなかった。 隠していた。 俺たちに心配かけさせないと… 「馬鹿野郎!母さんの面倒くらいいくらでも見るつもりだったのに!!」 後悔してもしきれない。 奇跡が起こらない限り目を覚ますことはないと言われた。 もってあと3日と。 そんな突然言われて「わかりました」って納得できるわけねーじゃん。 助かりませんって言われて「そうですか」って諦められるわけねーじゃん。 先生に散々相談したが遅すぎたと言われた。 頭痛があった時点で来てくれてれば救えた命。 強がりが裏目に出たらしい。 「そんな時まで強がるなよ…どんだけ俺たちの前でかっこつけんだよ…くそ… 」 嫁と俺とでそれぞれ手を握る。 気づけば子供を迎えに行かなければならない時間になっていた。 夜も泊まり込みでそばに居るつもりだ。 できるならお世話になり続けた俺たちが働いている馴染みの病院に移したいことを伝えた。 治療は同じことが可能。 移動することも近場ということもあり可能と許可を貰ったため、急いで職場に連絡。 快く引き受けてくれた。 個室も確保することができ、そこで家族みんなで寝泊まりすることに。 もちろん子供も休ませる。 息子もばぁばのことが大好きで…泣きながらずっと抱きしめていた。 静かに時が過ぎること数日…… 「こ…こ…」 突然母がゆっくり静かに喋った。 「母さん!?母さん!」 俺は急いで先生をナースコールで呼んだ。 「病院なんだ!母さん!聞こえる!?」 「う……さ…ね…し…ずかに…しな…」 途切れ途切れに小さく息切れしながら母が呟き、ゆっくり手を動かす。 「母さんっ!母さん!しっかりしてくれっ」 もう駄目だと思っていたのに目を開けてくれた。 それだけでも嬉しかった。 嫁も息子も一旦家に帰っていたので急いで連絡する。 その間に先生が来た。 母が目を開けている間に診察をしてもらう。 先生は優しく母の手をベッドに戻し、ゆっくり首を横に振った。 俺は先生の表情で全てを悟ってしまった。 …………最期の別れ………… 「母さんっ待ってくれっ今っみんなが!」 涙が流れる。 どんどん母の力が弱っていく。 「……か……いい…ぼうや……」 そう言うと最期の力を振り絞って俺を抱きしめる すぅぅぅううーーーっっっ 「ぼうや…いい…にお……だね………あぁ……しあ……わせ………」 俺の額に鼻を当て、思い切り匂いをかがれた。 額に冷たい何か冷たい何かがついているのがわかった。 「母さん……俺達もすっかりじいさんばあさんになったよ……」 母が亡くなって数十年。 俺も嫁も歳をとり、息子は大きくなった。 今でも思い出す。 どんなに大きくなって《匂い》だけは忘れられないと。 毎年のように母のことを思い出し、母と同じように俺も嫁も息子の匂いをかいでみる。 今は大きくなったので無理だが、もし息子に子供が出来たら俺も母と同じように孫の匂いをかぎたいと思う。 俺たち家族にとって《匂い》は《思い出》なのだ。
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