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ワインセラーのファンが静かにうなる空間で、アレックスはボトルのコルクを抜いた。バーの雰囲気を真似た薄暗いダイニングに、ポンと軽快な音が響く。
目をつむって小気味よいその余韻に浸っていると、カタタタと何かを小刻みに叩く音が、料理上手のみじん切りに近しいリズムで聴こえてきた。
タイピング音である。
アレックスはうんざりして目を開けた。やはり、テーブルの向かいに座る息子のジュニアがノートパソコンを打っている。
画面の光が照らすジュニアの顔つきは嫌に険しい。眉間に寄せたシワなど、六十近いアレックスのそれよりも深く刻まれてとれそうにない。一心にキーボードを叩く様はピアノを弾くようにも見える。悩ましい顔も相まってベートーベンの肖像画を連想した。
アレックスが用意した二つのワイングラスは、ノートパソコンを広げるためにテーブルの隅に追いやられている。
「ジュニアよ、お前が主役の祝いの席なんだ。今夜くらい、グレープのことを忘れて父子水入らずの時間を過ごそうじゃないか」
「僕だってそのつもりだったよ」
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