第四抄 後編

14/27
前へ
/210ページ
次へ
* * * ――また、繰り返しだ。耳障りな奏楽が始まる。 はらりはらり、はらはら。 ばらばら。かんかん! ――魔除けの発動で、花びらが落下の途中で花札に変わる音。 朝ご飯の後も怠さが抜けきらず、茜は籠っていた。 そこで一人静かに本を読んでいたのだが、そのうちどうやらうたた寝をしてしまったらしい。 夢の中で目を覚ませば、薄闇。 まだ陽が沈んでいないはずなのに、暗い。 花札は壁へ、天井へ。ぱらぱら。茜の上に降り注ぐ。 (……夜じゃなくてもその夢を見てしまうなんてしんどい) 『姫君……』 思った通り。独特な足音が近づいてくる。茜を探す音だ。 『そこにずっといるのは退屈であろう?』 襖の前まで音が近づく。そちらを見やると、染みのように手形が次々と、浮かび始める。まるで血糊が飛び散ってるかのように。 『迎えに来た。さあ、私の妻となるのだ。今度こそ戸を開けておくれ』 沼御前の声が頭の中でこだまする。庵の向こうに、彼がいる。 次の台詞が来る。それは茜にとってぞっとする求婚であった。 『……生きているあいだは、妻を食いなどせぬ。髪も爪も肌もすべて沢山愛でるつもりじゃ。血肉を食むのは死んだ後であるぞ。最期は一片たりとも残さぬつもりで、私の腹におさめる。命が尽きるまで愛し抜く。さあ、攫わせてくれ……』 どちらにしろ食べるんじゃないか――! 腐った花のように、全身から欲の臭いを漂わせる言葉だ。狂に言い寄る鬼姫といい、妖は執着すると恐ろしい。 (頭が痛い) 恐怖がじりじりと胸を焼く。 障子の向こうで風が慟哭した。ざああ、と木々の葉が叫んでいる。おあああぁぁ、おあああぁぁ、という数多の女の泣き声のように聞こえ始めた。 生贄となった花嫁の死に顔が、茜の脳裏に浮かぶ。 彼の欲に吞み込まれたくないという一心で、茜が胎児のように身を丸めた時だった。 『――やあ、大丈夫かい?囚われのお嬢さんに、ちょいとあげたいものがあってねぇ』 穏やかで、甘い声が彼女の耳に滑り込んだ。 .
/210ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加