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* * *
――また、繰り返しだ。耳障りな奏楽が始まる。
はらりはらり、はらはら。
ばらばら。かんかん!
――魔除けの発動で、花びらが落下の途中で花札に変わる音。
朝ご飯の後も怠さが抜けきらず、茜は籠っていた。
そこで一人静かに本を読んでいたのだが、そのうちどうやらうたた寝をしてしまったらしい。
夢の中で目を覚ませば、薄闇。
まだ陽が沈んでいないはずなのに、暗い。
花札は壁へ、天井へ。ぱらぱら。茜の上に降り注ぐ。
(……夜じゃなくてもその夢を見てしまうなんてしんどい)
『姫君……』
思った通り。独特な足音が近づいてくる。茜を探す音だ。
『そこにずっといるのは退屈であろう?』
襖の前まで音が近づく。そちらを見やると、染みのように手形が次々と、浮かび始める。まるで血糊が飛び散ってるかのように。
『迎えに来た。さあ、私の妻となるのだ。今度こそ戸を開けておくれ』
沼御前の声が頭の中でこだまする。庵の向こうに、彼がいる。
次の台詞が来る。それは茜にとってぞっとする求婚であった。
『……生きているあいだは、妻を食いなどせぬ。髪も爪も肌もすべて沢山愛でるつもりじゃ。血肉を食むのは死んだ後であるぞ。最期は一片たりとも残さぬつもりで、私の腹におさめる。命が尽きるまで愛し抜く。さあ、攫わせてくれ……』
どちらにしろ食べるんじゃないか――!
腐った花のように、全身から欲の臭いを漂わせる言葉だ。狂に言い寄る鬼姫といい、妖は執着すると恐ろしい。
(頭が痛い)
恐怖がじりじりと胸を焼く。
障子の向こうで風が慟哭した。ざああ、と木々の葉が叫んでいる。おあああぁぁ、おあああぁぁ、という数多の女の泣き声のように聞こえ始めた。
生贄となった花嫁の死に顔が、茜の脳裏に浮かぶ。
彼の欲に吞み込まれたくないという一心で、茜が胎児のように身を丸めた時だった。
『――やあ、大丈夫かい?囚われのお嬢さんに、ちょいとあげたいものがあってねぇ』
穏やかで、甘い声が彼女の耳に滑り込んだ。
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