第四抄 後編

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ぱちん。ぱちん。 彼は器用に切って、花器に挿した。 「きれいですね……」 伝統的な芸術が出来上がるのを茜は間近で見て、思わずほうっと感嘆のため息をつく。凪の言う通り、花を飾ると雰囲気が明るくなった気がした。 茜は欠伸をこらえた。緊張感は忘れていないが、花を見て心が和んだせいか、本音をぽろりと出す。 「凪さん。もう少しで此処を出れそうなら、まずはお父さんに早く会って安心させたいと思ってます。友達ともくだらない話をして笑ったり、色んな所へ遊びに行けたり……いつもの日常がどんなに幸せなことか、今の自分ならすごく分かります」 『……いかにも人らしい考え方だけど、終わるまではあまり考えないで。僕は茜ちゃんの為に言うよ。期待する分、吉凶問わず精神が揺さぶられやすくなる。今は無心で大人しくね』 「え?そんな……厳しく言われるなんて。また耐えないといけないんですか……?少しでも寝たら怖い夢を見てしまうのに、何も考えないで過ごせとか……とても苦しいです」 浮ついていた心が、彼の回答で冷えていく。 気弱になる茜に、凪はほんの少し困ったように微笑んだ。 『あぁ、花で元気づけようとしたのにごめんね。ほんとに辛いよねえ。頭の中に色んな想いを溢れさせちゃったら駄目。――と言っても、考えずにはいられなさそうだから……寝るかい?』 「え?あ、ああ、少しでも寝たら怖い夢を見ちゃうと言ってるのに?」 『ふ……、そういう意味じゃないよ』 334d2928-4012-4880-968e-2dd84c01a1b3 彼の澄み切っていた表情に、とろっと艶が落ちる。凪は首を傾げ、茜の顔を覗き込んだのだ。 動きに合わせて彼の髪が揺れた。白い肌にかぶる毛先まで美しい。 『夜の作法にも自信があるのさ。僕が不安な事も辛い事も忘れられる夜にしようか?』 「!?!?しませんよ!!」 ぽかんとしたのち、提案された内容の意味が分かって、茜は飛び上がりそうになった。とんでもない誘いだ。 凪に身を引き寄せられて、茜は慌てた。 (この妖はーっ普通に慰める事ができんのか!!) 押しのけたが、またや手首を握られる。凪は彼女の反応を面白がっている。 握られたり握り返したり、握られたり。 妙な方向に意識しそうになったので、茜は視線を床の板敷に向ける。 「……中が騒々しい。茜に何をしてるんだ」 「あ、この声は――!」 視線を変えると、障子の外に誰かが立っていた。しばらく会えてなかったような感覚に陥ってた茜は身を乗り出す。 彼の顔や、声をもっと間近で感じたいという一心で。 .
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