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「混乱させて申し訳ないが、まだ此処から出せそうにない……。俺が此処に来たのは、協力してくれる妖(アヤカシ)を連れてきたからだ」
――――なぁぁお。
「んっ?!」
ふと聞こえてきた愛らしい鳴き声。狂の後ろから、いつの間にか、ぴょこんと白猫が顔をのぞかせていた。その猫が何者なのか、茜は知っていた。
――気まぐれで狂の家に現れては、彼等にご馳走をねだる獣の妖(アヤカシ)。
――その名は、猫又(ネコマタ)である。
呆然とした茜にたいして、「なぁお」ともう一度鳴いた猫又は、すり、と狂の足元にすり寄り、そして美しい瞳で彼を見上げる。
「ふっ。俺も……鬼姫の執着のせいで、悪夢にうなされる時がある。こいつが勝手に布団に潜り込んできて、一緒に寝てた時は不思議と気が軽くなるんだ。いつもありがとうな」
彼は、猫又をひょいと抱き抱えると、喉をこしょこしょと優しく撫でた。
すると、猫又は気持ち良さそうにゴロゴロ喉を鳴らして愛しく思える反応をする。
茜にとって、この光景は大変新鮮であった。
(外ではなかなか見た事が無い狂だ……柔らかい表情してる。なんかいいなぁ)
この家で、信頼されている者しか味わえない特権を垣間見た気がした。
「頼んだぞ」
彼が優しく命令を下すと、猫又は「にゃお」と返事して、軽やかに茜の肩へとび移った。
よろしく、と茜は猫又から挨拶されてる気がした。
化け猫は不吉とされるが、狂曰く、一方良い化け猫は災いや疫病から主人家族を守ったり、恩返しをする怪らしい。
そして、茜は猫又の軽さに驚く。
「思ったより軽い……!そしてふわふわだ」
まるで小鳥でも乗せてるようだ。二本の尻尾がゆらゆら揺れていて、間近で見てもくりっとした瞳が魅力的で、可愛いジャンルに入る妖(アヤカシ)である。
少し顔がほろこぶ茜を見て、狂は間を置いて、ぽつりと次の言葉を紡いだ。
「……明日の夜に全てを終わらせる」
「!」
決意に満ちた彼の声音を聞いた茜は、理解が少々遅れた。
「明日でやっと終わるの……本当に?」
彼の迷いの無い、冷淡な声。
「ああ。俺はもうそろそろ行く。何かがあっても、決して沼御前に心を許すなよ」
彼はいつも通りに踵をかえして、この場を離れようとしている……。それを彼女は黙って見た。
狂は決断したら、しっかり行動する男だ。
振り返る気配の無い後ろ姿に彼女は飽きるほど慣れているつもりだ。
(……もう行っちゃうの?もう少し側に、居てよ)
が、無意識に。
ぽっと浮かんだ茜の気持ち――。
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