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――夜中、茜は喉の渇きを強く感じて目を覚ました。
身を起こして、枕元に置かれている水差しに手を取ったが、そういえば寝る前にも喉の渇きを感じて、飲み干してしまっていたのだ。
「あのう、誰か……」
真夜中に人を呼ぶ事が申し訳ないと思った茜は、遠慮気味に障子の向こうへ呼びかけた。反応はない。
(……)
朝まで我慢しようと決めて一回、寝て瞼を閉じたが、意識すればするほど喉の渇きが気になる。茜は強まる欲求に屈して、渋々布団から抜け出した。乱れていた髪と服を直したあと、障子の側に腰を落とした。
コンコン。
木枠のところを控えめに叩く。
「すみません。誰か……水を持って来てくれませんか?」
それでも、反応がない。
いつもは外側で斑尾、レン、千里が交互に見張りと世話役を担ってくれているから、何か魘されたり、異変が起きたときはすぐに助けに来てくれるはずだった。他にも沼御前の気配を感じたり、悪いものが寄って来た時は追い払え、というのが、狂からの命令でもあった。
外がしん、としている。
彼等は不在のようだ。茜は不安を覚える。
(どこへ行ったのかしら……)
と、ふと小さな鳴き声がして、そちらへ目をみやると寝ていたはずの白い猫又が足音を忍ばせてこちらに近づいてきた。
薄暗い部屋でも浮かび上がる白い尾が二つに裂けて、ゆらゆらと揺れている。
猫は恐れげもなく、茜の膝に飛び乗って丸くなった。やはり空気のように軽い。茜は手を伸ばした。やわらかくて温かいのが、彼女の気持ちを落ち着かせる。
なんともぼうっと心地よい感覚である。
猫又はしばらく少女の手に撫でられて目を細めていたが、やがて伸びをすると膝の上からするりと降りた。
「!?」
猫又は障子を開けずにするりと通り抜けて、外へ出たのだ。
それは猫又の特性なのか?
――――にゃぁぁーーーお。
外に出た猫又が一声あげた。なんだか「来い」と呼ばれてるみたいで、茜は立ちあがって外へと出た。躊躇するべき所だが、今回は不思議な事にいつもと違った。
従者達の姿が見えない。
さらに、虫や鳥の鳴き声も、生活の息遣いも感じない。
茜は外に出るのが久々で、この夜がいっそう暗く感じた。
肌寒さを感じて、ぶるりと二の腕を擦りながら、裸足のままで彼女は猫又についていく。
「ねえ、待って。私をどこへ連れて行こうとしてるの――?」
さく、さくさく。
枯れ葉を踏みしめる音。
その音に耳を澄ますうち、茜が知っている場所が見えてくる。
庭園が見える狗御家の広間だ。猫又はどこぞの草むらにでも潜り込んだか、ニャと小さく鳴いた後で、すっかり気配を消してしまった。
(ああ居た。斑尾さん、レン君、凪さん、千里君もいる)
現代にしては独特な格好をしていて、後ろ姿だけでも判断できる彼等だ。
座ってる彼等のまわりに、ふよふよと青白い光が飛んでいた。明かりのかわりに飛んでいるのだろう。
従者達の先には、気品に満ちた佇まいと落ち着き払った態度の狂がいる。
茜は反射的に、近くの木陰に隠れて身を潜めた。
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