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『……そこにおるのだな……私が怖くて泣いておるのか?』
(――いいえ。信用してた人が私を捨てようとしてるのを聞いて、凄く傷ついたの。泣きたいから放っといて)
『嫌じゃ。人に裏切られて泣いてるのなら、愛しい女を放っておく訳にはいかぬ』
(……)
『……私と所に来れば、望むものを全て与えてやるぞ。妖は、一度決めたら命が尽きるまで、全てを捧げて愛し抜く。心が移り変わりやすい人間とは違う。捨てられると分かったのに、ずっとそこに居るつもりか?もう……隠れ続けるのは止めてもいいであろう?」
(……たしかに、隠れるのはもういいのかぁ。どうせ連れていかれる)
茜の心に、じわりと諦念が広がる。
沼御前の言うように、もういいのではないか。
狂は茜を見放すつもりだ。
抗わずに、茜が自ら、沼御前の元へ行った方が、いち早く町のためにもなるのでは。
『さぁ……いい子じゃ』
『開けておくれ……』
囁く声が甘ったるい。
(もういいや。色々考えるのも疲れた)
茜はもぞもぞと布団をかぶったまま、戸に近づいた。そうして、手をのばし――。
「茜!!!」
――荒っぽく、名前を呼ばれ、茜ははっと目を開く。襖が、別の方向から勢いよく開かれた。
茜は何度も瞬きをした。
のろのろと視線をあげれば、狂が強張った表情で茜を見下ろしてる。
「え、狂……?」
今まで沼御前と話していたはずだ。茫然とする茜の前に、狂が身をかがめる。
「無事か?魔除けの力が破られそうな気配がして、急いで来た。その魔除けを破ったら、俺でもお前を沼御前から助けられないからな」
「……」
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