第一抄

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   *   *   * 青空を食い荒らすように浸食し、迫るように並ぶ木立の間には、埃っぽい坂道がどこまでも続いている。 うっそうと茂る木々で、昼間でも薄暗い。 一人の女学生は、周りに誰も居ない事を確認して小さく息をついた。 「ねえ、聞いてよ」 鞄を抱えなおして、ぽそぽそと呟く。 「みんなが私を面白がるの。ひどいよね」 疲れ切った顔の少女は胸元にある鞄に話しかける。血色の悪い少女が一人、薄暗い所で立って独り言を呟いている。 周りから見たら不思議な光景であっただろう。風に吹かれて女学生のスカートがわずかに揺れた。 「はあ……」 彼女は重い溜め息が止まらない。あの学校を思い出すと、ますます不快感が募って来るのだ。 生きた心地がしなくて、足元もおぼつか無く歩いていると、目の隅にひらひらと白藤色が踊った。 「……!」 ――あれは、着物の袂だったか。 それとも、日傘の色であったかもしれない。 顔は何故か、はっきりと覚えていない。 目鼻立ちがぼやけて曖昧になってしまう。 けれども、たしか、日傘を差した色素の薄い女だったと少女は思う。 『ほほ、良いモノを持ってるわね……。そのまま続けなさい。もっと念をこめるといいわ』 さらりと流れ落ちる、艶やかに長い淡藤色の髪。 淡い色の着物にも負けないほどの肌白さ。 9533f288-91d5-401b-9ac5-1098c82b7f46 身をすくませる少女に、謎の女はあでやかに微笑をたたえる。 天女が舞い降りて来たようだ、と彼女はぼんやりとそんな事を思った。 何て言う名前だろう。 名前を聞きたくて、唇にのぼらせようとした時。風に吹きあおられたように、女の髪がひるがえった。 「ひっ!!?」 今まで日傘に隠されていたそれが、きらりと光を放った。 頭に突き出した、二本の角。 ――鬼。 天女のような見た目を装う魔性だ。 瞬きした瞬間、その女は消えて、女学生はぽつんと突っ立っていた。 息を呑み、見回していた少女は、頭上で樹々がざわめくと同時に、胸の奥で警鐘の鳴る音を聴いていた。 「え、何……何なの……!?」 彼女の細い肩が小刻みに揺れる。 冷たい汗が背中を伝っていくのがわかった。後方で何かが動き、続いて地を踏みしめる音が聞こえた瞬間、呪縛が解けたように彼女は駆け出していた。 背後が何であったのか確認するほどのゆとりもなく、彼女はもつれる足で、自宅に続くわき道を探して狭い通路へと身を躍らせた。 ひんやりとする幻覚を見てしまった。 ――もっと念をこめるといいわ。 それなのに、知らない一人の鬼の言葉は、鮮明にしっかり残っていた。    *   *   * .
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