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とある日の午後、いそいそと帰宅路を歩く少女がいた。毛先が無造作にはねた赤茶髪のセミロングが靡く。
彼女の名は、緋凰 茜(ヒオウ アカネ)。
外見は榛色(ハシバミイロ)の瞳以外、そこら辺の学生と変わらないが、れっきとした陰陽師の家系だ。
今の商店街は人々がまばらで、たいして混んでいない。店の灯り、街の匂い、買い物客の声がごちゃごちゃと混じる。
音と光の不協和音。
(ん、あれは……?)
同じ学校の男子学生が数歩先を歩いていた。
その足元に、影が黒々と伸びている。天気は決して良くなく、直に日光が射し込んでいる訳ではない。
それに――、
(あんな濃い影は、あの人だけだ)
一人だけ。長く伸びる影は一つだけ。
ぞわり。全身の血が一瞬、沸き立ったような気がして、茜は目を細めた。
視える力が何かを感知して騒いでいる。
その男の影に目を止める者はいない。誰にも見えていないのか。
――茜。聞いてよ。また、この学校から怪我人が出ちゃったって。本気で祟られてるんじゃないの?
昼間、彼女の親友であるすずしが言っていた事が脳裏によぎった。
すずしは怪談でも始めるような口調で、身を乗り出してきたのだ。
――女のシルエットが見えたら、お終いだって。あはは、それ怖くない?
他愛のない噂。少々オカルトめいて、噂好きが飛びつく類の。茜はその時に別に気味が悪いと思ったことはなかった。はっきり言って、まったく学校に異変がなかったせいもある。
その後どんな話だったかは、もう曖昧だ。
影はまるで黒い水溜まりのように男の足元に凝り始めて、奇怪な生き物のごとく蠢いて気味悪い。
相手が住宅路の曲がり角に曲がろうとしたのを見届けて――そこでふと、足を止めた。
ぞわり、再び血が騒ぐ。茜は目を瞬かせた。
彼は壁際に身を寄せる様にして立っている。というより、一歩も動かず立ち尽くしていた。よく見れば様子がおかしい。身体を強張らせ、蒼白な顔で口を開けたり閉じたりの繰り返し。
まるで助けを求めようとして、声が出ないとでも言うように。
茜はふうっと一息ついて、おもむろに彼に近づいて、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
にこっと笑顔を見せてから、もう一言付け加える。
「ちょっと具合悪そうに見えたので」
茜の笑顔に不信感を抱く者はいない。そもそも不信感を抱く余裕すら無かったのだろう。男子学生は彼女に向かって縋る様に、細い声を絞り出す。
「た、助けてくれ……足が急に、動かない、んだ……!」
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