12.ドラゴンの背中

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12.ドラゴンの背中

 私はネージュに乗っての移動になったので、動きやすい服装に着替える。  一切ヒラヒラのないシンプルな装いは、実はドレスよりも好きだったりする。ドレスもいいけれど、動くことが好きなので、動きやすい服装の方が楽なのだ。  そして、空を飛ぶなら髪もまとめた方がいいだろうと思って、コンパクトに一つにまとめてみた。その上から布も巻き付け、髪が靡かないようにする。何かに引っ掛かりでもしたら大変だからだ。 「お待たせしました」  エルとファビアンを待たせているので、私は小走りになって二人の元へ向かうと、二人は私を見つめたまま固まっていた。  あれ? もしかして、この格好は好ましくない? どこかおかしいのかしら?  私が自分の出で立ちを確認していると、エルがすぐ側までやって来て、私の手を取った。そして、甲に優しく口づける。 「ドレス姿も美しかったが、この姿もよく似合う。普段のレティシアからは、噂で聞くような勇ましい聖女のイメージは想像できなかったが、この格好ならわかるな」 「……勇ましいですか?」 「いい意味でだ。聖女を攫おうとする不届き者を、華麗に倒していく姿も見てみたいものだ。まぁ、俺たちがいるからそんなことにはならないだろうが」 「そうですよ、エルキュール様。我らが側に控えている限り、何人たりとも近寄ることなどできますまい。よって、レティシア様の雄姿を拝見することはありません。あるとすれば、お手合わせ願う時でしょうか」  ファビアンがそう言って、窺うように見つめてくる。  お手合わせ、願いたいのだろうか。……ちょっと魅力的なお誘いかもしれない。  私の表情が変わったのを見て、エルはクッと喉を鳴らし、笑い出した。 「戦う聖女、と言われる所以だな。守られるだけではなく、自らも戦う、実にいい。ぜひ俺とも手合わせ願おう……いや、むしろ俺以外はだめだ」  ファビアンの方を見遣ると、残念そうな顔をしている。それがおかしくて、思わず笑みを漏らしてしまった。 「では、そろそろ行こう」 「はい」  私たちはドラゴンポートへ向かう。  そこにはすでに、ネージュとシエルが待機していた。私たちを見るなりゴォと鳴く。まるで「遅い!」と言っているみたいだ。 「遅くなってごめんなさい。ネージュ、私もエルと一緒に乗せてくれる?」  私が尋ねると、ネージュは思い切り姿勢を低くする。 「驚きました! ネージュがエルキュール様からの言葉以外で反応するなど、初めて見ました!」  ファビアンが興奮している。エルを見上げると、彼は満足そうに頷いていた。  私はそれが嬉しくて、ネージュにお礼を告げ、今度はシエルにも軽く頭を下げた。すると、シエルも姿勢を低くしてそれに応えてくれる。 「参りました。シエルが一番懐いているのは私だと自負しておりましたのに。レティシア様には敵いませんね」 「そんなことないわ。シエルも早く行こうって、ファビアンを急かしているのよ」 「なるほど。それでは急がないといけませんね」  そう言って笑いながら、ファビアンはシエルの元へ行く。  私はエルに手を取ってもらい、ネージュの背中に上る。背には、人が立てる台のようなものが取り付けられてあるが、そこに行くまでは自力だ。  鱗をよりどころに伝っていくのだが、これが結構大変。普通のお嬢様には到底無理な話だ。でも、私はエルの助けを借りながらも、無事に目的の場所に辿り着けた。 「身のこなしが違うな。さすがだ」 「エルが助けてくださったから」 「俺の助けがなくとも行けただろう?」  それには微笑みだけで返す。すると、エルは私を引き寄せ、額に軽く唇を押し当てた。 「レティシアは、とても一筋縄ではいかないな」 「そんなこと……」 「あるさ」  そう言って、もう一度同じ場所に唇を落とす。  その後、台の手すりと私の身体を固定した。慣れない私が空に放り出されないようにだ。 「ゆっくり飛ぶつもりだが、気分が悪くなったり怖くなったりしたら言ってくれ。無理せずに行こう」  私を気遣うエルに、私は笑顔で応える。  最初は驚くだろうけど、きっと大丈夫。むしろ、興奮してはしゃいでしまいそうだ。 「ありがとうございます。でも、たぶん大丈夫です。だって私、ネージュの背中に乗れて、嬉しくてたまらないんです!」 「そうか、わかった。それでは行こう。ネージュ!」  エルの声にネージュは反応し、ゆっくりと上体を起こしていく。私たちが乗っている場所が大きく傾くけれど、エルが支えてくれるので問題はない。  といえど、やっぱり普通の令嬢には堪えられない恐怖だろうけど。 「行け、ネージュ」  ネージュはゴォと叫び、緩やかに大きな翼をはためかせる。辺りは物凄い風と轟音で、木々などもかなり激しく傾いている。折れやしないかとハラハラしている間に、ぶわりとお腹の辺りが無理やり持ち上げられるような違和感を覚えた。 「あ……」  ネージュの身体が地上から離れている。ということは、私たちもそうだということで。 「わああああ……」  思わず歓喜の声をあげてしまった。  あっという間に地上が遠くなっていく。城はもちろん、セントラルの町並みもどんどん小さくなっていき、辺り一帯に青い風景が広がった。 「空! 私たち、空を飛んでいるのね!」 「そうだ。怖くないか?」  怖い? もしもここから落ちてしまったら、命はない。でも── 「エルが側にいるんですもの。怖いはずがないわ」 「……そんな可愛らしいことを言ってくれるな」  エルは困ったように眉を下げつつ、また私の額に口づけるのだった。
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