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13-2.氷の国(2)
エルがこれほど甘いなど、誰が予測できただろう。
常に冷静沈着、どんな美姫が側にいようが迫ってこようが冷たい仮面が剥がれ落ちることはなく、どんな縁談も断り続けてきた。
それはひとえに、クラウディアを狙う敵国から自国を守るため、常に最前線で戦うためとも言われていた。
エルキュール・リバレイは、戦いでは一切容赦はせず、非情に徹する。いつも最短で敵を蹴散らし、勝利をもたらす英雄である、と同時に、氷の心を持つ氷の国の魔王である。社交の場には滅多に顔を出さず、彼の姿を見たことがある者はほんの一握りだけ。実際にどういった人物なのかを知っているのは、王家の人間のみ。
セントラルではそんな風に語られていたエルだけれど、今目の前にいるエルを見ていると、それは全部嘘なのではないかと思ってしまう。
もちろん、私はエルの全ての顔を知っているわけではない。でも今、穏やかな瞳で私を見つめるエルの表情は本物であり、決して作り物などではない。
これから先、非情といわれるエルの別の顔を知ることになるかもしれないけれど、それがエルの全てではない。こんなに優しいエルを私はもう知っている。だから、大丈夫。
「早くリバレイの気候に慣れて、騎士団の皆様や領民の皆さんに受け入れてもらえるよう頑張ります。それが……リバレイ領当主、エルキュール・リバレイの妻としての務めですわ」
「レティシア……」
エルは私は強く抱きしめる。
その時、ネージュがゴォと勢いよく声をあげた。
「わ……あ」
空気が一段と鋭くなる。冷えた強い風が肌を刺し、思わず目を瞑った。
「リバレイ領だ」
エルの声に、慌てて目を開ける。
広大な土地が目の前に広がっていた。地面は白く、木々もうっすらと白くなっている。生えている木々がセントラルやその近郊の地とは違っていて、私はつい身を乗り出しそうになる。
「珍しいのはわかるが、抑えてくれるか。ネージュが降下する」
私を抱く腕に力がこもる。そろりと見上げると、エルが少し焦った顔をしていた。
「あ、はい。ごめんなさい……」
「レティシアは好奇心旺盛だな」
「すみません、はしたなくて」
エルは私の頭をふわりと撫で、目を細めて笑った。
「はしたなくなどない。好奇心旺盛なのはいいことだ。その調子で、リバレイのことをもっと知ってほしい」
そんな風に言われ、私の気持ちは瞬く間に浮上する。
エルはどんな私を見ても、そのまま受け入れてくれる。それが嬉しくてたまらなかった。
ドキドキする。心臓が飛び出てしまいそうなほど、激しく暴れている。こんな気持ちを知ることができて嬉しい。
婚約破棄をされた時はどうしようかと目の前が真っ暗になってしまったけれど、今はそれをとても感謝している。
「はい。リバレイのことを……もっと知りたいです」
そして、あなたのことも。
それは声に出さず、私は笑顔でそう答えた。
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