1651人が本棚に入れています
本棚に追加
14-2.リバレイで迎える初めての朝(2)
記憶が途切れていることに動揺していると、私を抱いている腕に力がこもり、グイとエルの方に引き寄せられた。
「あっ……」
「おはよう、レティシア」
起き抜けの、いつもより低い声にゾクリとする。
エルは私のこめかみに唇を押し当て、私の身体を反転させた。深いブルーグレーの瞳が私を見つめている。
「お、おはようございます、エル」
「何か考え事をしていたようだな」
「えっ?」
私は大きく目を見開く。
もしかして、エルは今起きたのではなく、私が目を覚ました時にはすでに……?
エルは優しく私の髪を梳きながら、小さく笑んだ。
「どんな反応をするのだろうと、しばらく様子を眺めていた」
「……私よりも早く目が覚めていたのですね?」
「あぁ」
揶揄うようなエルの視線から目を逸らし、私は僅かに口を尖らせる。
子どもっぽいと思えど、様子を窺われていたことが恥ずかしくて不機嫌にもなってしまう。
「レティシアが可愛らしくて、つい声をかけそこなってしまった。そんなに拗ねないでくれ」
「……」
「昨日のことを思い返していたようだな」
「……はい」
エルは、私のことなど全てお見通しなのだ。
シャルル様とはほぼ年齢差がなかったせいで、どちらかというと私は大人っぽく見られていたし、実年齢の割に落ち着いていると周りからは言われていた。
でも、エルを前にすると、そんな私などどこかへ行ってしまう。
エルの方が年上で、大人で、そんなエルと比べると私はあまりにも子どもで。実年齢よりも幼くなっている気さえする。
「機嫌を直せ、レティシア。おとなげないとは思うが、昨夜のちょっとした仕返しだ」
「! 昨夜、私……」
記憶が途切れているその先、私はいったい何をしでかしてしまったのか。
薄々と勘づきながらも、私はおそるおそるエルと目を合わせる。
上目遣いで見つめる私に苦笑いを浮かべながら、エルはまた優しく髪を梳いた。
「夫の戻りを待ちきれず、ぐっすりと夢の中へ旅立ってしまったようだ」
「!!!」
私は即座に後ろを向き、布団に潜り込んで丸くなる。
あぁ、そうだ。ドキドキしながらエルを待っていて、どうしようなんてウロウロもして、それで……これまでの怒涛の展開と旅の興奮などで疲れ切っていたのか、どんどん瞼が重くなって、意識も遠くなって──。そこから記憶がないということは、そのまま眠ってしまったということ……。
「ご、ご、ご、ごめんなさい……っ」
布団の中から悲鳴のような声をあげる。
私ったらなんてことを!
初夜だというのに、夫を置いて先に寝てしまうなんて! ……妻、失格。
小さく丸まって、このままもっともっと小さくなりたいなんて思っていると、布団の上からやんわりとした重みを感じた。
「大丈夫だ、レティシア。出ておいで」
「だ、だって……」
「これからずっと一緒なんだ。何度だって夜は来る。それとも、今からやり直すか?」
「!」
あからさまにビクッと身体を震わせると、エルの笑い声が耳を擽る。私を抱いているエルの腕も微かに震えていた。
「冗談だ」
私がもぞもぞと布団から顔を出すと、エルが優しく微笑み、私の鼻先にちょん、と唇を落とす。
「やっと出てきた。……本当に、我が花嫁は愛らしいな」
エルが布団の中に手を入れ、私の身体を強引に引き出す。そして、腕に囲った。
「疲れていたのはわかっているから、気にしなくていい。レティシアがベッドから出てこないのは困る」
「……はい」
私は消え入るような声で返事をし、エルの背に腕を回してぎゅっと抱きつく。
頬が熱い。
子どものような自分に恥ずかしいのもあるけれど、それだけではない。
エルが抱きしめてくれるから、私もエルにもっと近づきたくて手を伸ばす。そして何より、この腕の中はどこよりも安らげる場所で、それをしっかりと手に入れておきたくて、離したくなくて──。
私にこんな強い欲望があるなんて、初めて知った。
「レティシア、そろそろ起きようか」
「はい」
笑顔でそう答えると、エルが何故か少し困ったような顔で笑い、小声で呟いた。
その呟きは私の耳には入らないほどの大きさだったので、私はどうしたのかと思いつつもベッドを離れる。
初日にやらかしてしまった失敗を、何とか取り返さなくては!
「今日は午後から領内を案内しよう」
「はい、よろしくお願いします」
エルは満足そうに頷き、私の頬に手を触れ、唇に軽く口づけた。
***
余談だけれど、この時聞くことができなかったエルの呟きは、その夜に知ることとなる。
「これ以上は、俺の理性が持たない」
初夜のやり直しは、それはそれは長い夜となったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!