14-2.リバレイで迎える初めての朝(2)

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14-2.リバレイで迎える初めての朝(2)

 記憶が途切れていることに動揺していると、私を抱いている腕に力がこもり、グイとエルの方に引き寄せられた。 「あっ……」 「おはよう、レティシア」  起き抜けの、いつもより低い声にゾクリとする。  エルは私のこめかみに唇を押し当て、私の身体を反転させた。深いブルーグレーの瞳が私を見つめている。 「お、おはようございます、エル」 「何か考え事をしていたようだな」 「えっ?」  私は大きく目を見開く。  もしかして、エルは今起きたのではなく、私が目を覚ました時にはすでに……?  エルは優しく私の髪を梳きながら、小さく笑んだ。 「どんな反応をするのだろうと、しばらく様子を眺めていた」 「……私よりも早く目が覚めていたのですね?」 「あぁ」  揶揄うようなエルの視線から目を逸らし、私は僅かに口を尖らせる。  子どもっぽいと思えど、様子を窺われていたことが恥ずかしくて不機嫌にもなってしまう。 「レティシアが可愛らしくて、つい声をかけそこなってしまった。そんなに拗ねないでくれ」 「……」 「昨日のことを思い返していたようだな」 「……はい」  エルは、私のことなど全てお見通しなのだ。  シャルル様とはほぼ年齢差がなかったせいで、どちらかというと私は大人っぽく見られていたし、実年齢の割に落ち着いていると周りからは言われていた。  でも、エルを前にすると、そんな私などどこかへ行ってしまう。  エルの方が年上で、大人で、そんなエルと比べると私はあまりにも子どもで。実年齢よりも幼くなっている気さえする。 「機嫌を直せ、レティシア。おとなげないとは思うが、昨夜のちょっとした仕返しだ」 「! 昨夜、私……」  記憶が途切れているその先、私はいったい何をしでかしてしまったのか。  薄々と勘づきながらも、私はおそるおそるエルと目を合わせる。  上目遣いで見つめる私に苦笑いを浮かべながら、エルはまた優しく髪を梳いた。 「夫の戻りを待ちきれず、ぐっすりと夢の中へ旅立ってしまったようだ」 「!!!」  私は即座に後ろを向き、布団に潜り込んで丸くなる。  あぁ、そうだ。ドキドキしながらエルを待っていて、どうしようなんてウロウロもして、それで……これまでの怒涛の展開と旅の興奮などで疲れ切っていたのか、どんどん瞼が重くなって、意識も遠くなって──。そこから記憶がないということは、そのまま眠ってしまったということ……。 「ご、ご、ご、ごめんなさい……っ」  布団の中から悲鳴のような声をあげる。  私ったらなんてことを!  初夜だというのに、夫を置いて先に寝てしまうなんて! ……妻、失格。  小さく丸まって、このままもっともっと小さくなりたいなんて思っていると、布団の上からやんわりとした重みを感じた。 「大丈夫だ、レティシア。出ておいで」 「だ、だって……」 「これからずっと一緒なんだ。何度だって夜は来る。それとも、今からやり直すか?」 「!」  あからさまにビクッと身体を震わせると、エルの笑い声が耳を擽る。私を抱いているエルの腕も微かに震えていた。 「冗談だ」  私がもぞもぞと布団から顔を出すと、エルが優しく微笑み、私の鼻先にちょん、と唇を落とす。 「やっと出てきた。……本当に、我が花嫁は愛らしいな」  エルが布団の中に手を入れ、私の身体を強引に引き出す。そして、腕に囲った。 「疲れていたのはわかっているから、気にしなくていい。レティシアがベッドから出てこないのは困る」 「……はい」  私は消え入るような声で返事をし、エルの背に腕を回してぎゅっと抱きつく。  頬が熱い。  子どものような自分に恥ずかしいのもあるけれど、それだけではない。  エルが抱きしめてくれるから、私もエルにもっと近づきたくて手を伸ばす。そして何より、この腕の中はどこよりも安らげる場所で、それをしっかりと手に入れておきたくて、離したくなくて──。  私にこんな強い欲望があるなんて、初めて知った。 「レティシア、そろそろ起きようか」 「はい」  笑顔でそう答えると、エルが何故か少し困ったような顔で笑い、小声で呟いた。  その呟きは私の耳には入らないほどの大きさだったので、私はどうしたのかと思いつつもベッドを離れる。  初日にやらかしてしまった失敗を、何とか取り返さなくては! 「今日は午後から領内を案内しよう」 「はい、よろしくお願いします」  エルは満足そうに頷き、私の頬に手を触れ、唇に軽く口づけた。  ***  余談だけれど、この時聞くことができなかったエルの呟きは、その夜に知ることとなる。 「これ以上は、俺の理性が持たない」  初夜のやり直しは、それはそれは長い夜となったのだった。
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