02.聖女の事情

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02.聖女の事情

 クラウディア国には、時折人ならざる特別な力を持って生まれてくる者がいる。その者を「聖女」と呼ぶのだ。何故かそれは女性に限られる。だからこそ「聖女」と呼ぶのだけれど。  そして、聖女は百年に一度の割合で生まれるといわれている。おおよそだけれど、聖女の命が尽きた時、次の聖女が生まれる、という具合にだ。  つまり、私がこの世に生を受ける前、その前にいた聖女の命が尽きたということ。そして、私の命が尽きるまでは、次の聖女は生まれない。  特別な力には、魔術のように火や水を自由自在に扱えたり、人の力では動かせないようなものを動かせたり、人の心を読むことができたりといろいろある。  クラウディア国が豊かな大国なのは、恵まれた地にあるのはもちろんだけれど、聖女の存在も大きいといわれている。故に、聖女は国からも大切にされ、何かと優遇される。  と聞けば、聖女として生まれたというだけで人生楽勝じゃないか、と思う人間もいるだろう。  ところが、そうはいかないのが人の世の常。人生はそんなに甘くないのだ。  聖女が国に存在するだけで、神からの大きな加護を受けられる。聖女に与えられた力とはそういうものだ。  国にいないのならば、存在させればいい。  聖女のいない近隣諸国は、クラウディア国の聖女を狙っている。攫って自国に連れてこようと手ぐすねを引いているのだ。  実際、大昔に聖女が他国に連れ去られたことがあったらしい。すると、クラウディア国は衰退の一途をたどり、危ういところまでいったというのだ。  そういったこともあり、聖女が生まれた家は王家の庇護下に入り、聖女も厳重に守護されることになった。  ……ということなのだが、今ではそんな慣例は古のものとなっている。  クラウディアと他国との間に隔たる灼熱の砂漠により、他国がクラウディアを侵攻するのは困難、それに、クラウディアへの入国も厳しく管理されている。  そんなこともあり、王家の安全はもとより、町の治安も良好に維持されている。一部には危険な地区もあるというけれど、それでも一応平和が保たれているといっていい。  自国の人間が聖女を攫ったり傷つけたりするはずもなく、王家が庇護する必要は完全になくなった。また、まことしやかに囁かれていることもあった。 「聖女の力は代ごとに衰えている。クラウディアに栄華をもたらす力など、もはやない」  クラウディアは恵まれた地にある。何もしなくても、ある程度は豊かさを保っていられる。  それ故に、聖女の存在が影響を及ぼしているのかどうかなど、誰にもわからない。だって、何百年も生きている人間などいないのだから。  「聖女の存在は国に繁栄をもたらす」歴史書はそう記しているけれど、どこまで本当のことかわからない。そう思うくらいには、この国の人間は平和ボケ……コホン、いえ、平和に慣れきってしまっているのだ。  だから、ブラン家に聖女が生まれても、王家の庇護下には入らず、ブラン家だけで守っていた。 「旦那様、またレティシア様が攫われかけました」 「なんだと!? 警備の者は何をしていたんだ!」 「敵は手練れの者で、あっという間に倒してしまったようです……」 「それで、レティシアは?」 「もちろん、カリーヌ様に保護されております」 「そうか……」  どこにでもネズミは入り込む。いくら厳重に入国が管理されようと、抜け道はいくらでもあるのだ。  聖女のいない貧しい他国からの刺客は、あらゆる手段でこの国に入り込み、ブラン家に近付いた。そして隙あらば、聖女である私を連れ去ろうとしたのだ。  何度も危ない目に遭う私を救ってくれたのは、家庭教師のカリーヌだけ。  彼女は優秀な頭脳を持ち、また完璧なマナーを修得しているだけでなく、護身術まで身につけていた。相手の力を利用して倒すというその技に、子どもながらに強い憧れを抱いたものだ。そしてカリーヌは、その術を私にも授けてくれた。  自分の身を守る術を身につけることは一朝一夕とはいかず、毎日の鍛錬が必要だ。普通の公爵令嬢なら到底ありえないことだった。  ただ、私は幸か不幸か身体を動かすことは大好きだし、運動神経も勘もよく、みるみるうちに上達していった。おかげで今や、そんじょそこらの男になど負ける気がしない。町に出れば、絡まれている女性を助けることさえある。二、三人のチンピラならあっという間に倒してしまえる。  というわけで、私はクラウディア国で最強の聖女、かつ公爵令嬢になってしまい、それは瞬く間に世に広がることとなった。  男性が遠巻きにするのも至極当然。  ──本当に、本当に……不本意なのだけれど。
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